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★★★  ようこそ 英訳写真俳句の世界へ! ★★★

Wa☆Daフォトギャラリー  和田北舟の俳句  写真俳句「海の風景」

2013年3月15日改訂

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♪HOME, SWEET HOME by Henry Bishop

旅と写真は元気の泉

感動の裸祭CD完成!

 

初春の鶴は千年羽ばたけり   北舟

 
 

Early spring, the flapping crane lives for 1000 years.

2001年7月16日制作

ソデグロヅル / 千葉県印旛郡栄町 2012.01.18 08:39

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ソデグロヅル / 千葉県印旛郡栄町

俳句「海の風景」第36集


 






















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2013年3月16日(金)晴

  平成25年(2013)1月27日(日)、千葉県長生郡一宮町(ちばけん・ちょうせいぐん・いちのみやまち)に鎮座する上総国一ノ宮(かずさのくに・いちのみや)「玉前神社(たまさきじんじゃ)」の第4回大寒禊(だいかんみそぎ)(通算7回目の浜垢離)が九十九里浜(くじゅうくりはま)一宮(いちのみや)海岸で行われ、厳寒の中、神職2人、女性2人を含む26人が禊を行った。
 今回も開催に先立ち、Wa☆Daフォトギャラリーに 第4回玉前神社大寒禊のご案内 を掲示して和田グループ第七期を募集したところ、今回から受付時刻が午前8時半から9時までと、従来より1時間半も早まったため、間に合わない人が続出し、今回は、申込者8名、参加者7名(うち新人2名)と激減した。(次回から受付開始時刻を午前10時に戻してもらうようにお願いしている。)

大寒に締める褌浜禊

Naked water purification at beach,
wearing fundoshi loincloth
in the coldest season.

だいかんに しめるふんどし はまみそぎ

 和田グループ第7期7名は、斎館で参加費500円と直会会費2000円を納入した後、ミーティングを実施し、全員に名簿と共に第6回までの写真458枚を収納したスライドショーCDを進呈した。
▲ 開講式、錬成講習、救命講習が終わった後、男性参加者たちはその場で越中褌や鉢巻を締め、禊の身支度を整えた。
▼ 禊集団は、シャトルバスで一宮海岸に移動し、準備運動の鳥船を行った。そして、海に入った後、鉢巻に挟んでいた大祓詞(おおはらえことば)を広げ、沖に向かって大声で斉唱した。
 この日は波が穏やかで、後ろの行者たちは殆ど褌も濡れないという状態で、やや物足りない大寒禊となった。

大寒や沖に向かひて大祓

The coldest season,
water purification facing the sea.

だいかんや おきにむかいて おおはらえ

▼ 行者たちは、整理運動の鳥船が終わると、海の神々に向かって遙拝し、手〆を行ってお開きとなった。時刻は丁度午前11時30分。テント小屋を出発して33分後だった。

大寒の行者褌浜禊

Naked water purification at beach,
the ascetics wearing fundoshi loincloth
in the coldest season.

だいかんの ぎょうじゃふんどし はまみそぎ

▼ シャトルバスでホテル・シーサイド・オーツカに移動し、天然温泉に浸かった後、閉講式が行われた。
 
 その後、隣室の会会場で参加者一同が適宜の場所に陣取ると、氏子役員の音頭で御神酒による乾杯が行われ、直会が始まった。
 
 直会の出席は、希望者のみで、朝の受付時に申し込む。温泉に入り、海の幸に舌鼓を打ち、御神酒のお土産までついて2000円の会費ではホテルのご奉仕という色彩が強い感謝あるのみ。

大寒や禊のあとの舌鼓

The coldest season, smacking lips
after water purification asceticism.

だいかんに しめるふんどし はまみそぎ

 直会は、大いに盛り上がり、御神酒も尽きた午後2時半頃、次回6月の夏越禊で元気に再会することを約してお開きとなった。

「玉前神社大寒禊'13」 
 
2013.1.27 撮影・制作 : 和田義男

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越中褌を締める熟年者たち

越中褌を締める熟年者たち

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大祓詞を斉唱

大祓詞を斉唱

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太平洋を背に記念撮影 11:31

太平洋を背に記念撮影 11:31

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氏子役員の音頭で乾杯! 13:21

氏子役員の音頭で乾杯! 13:21

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2013年2月10日(日)晴

 穏やかな晴天の水浴日となった平成25年(2013)1月13日(日)、東京都中央区湊1丁目に鎮座する鐵砲洲稲荷神社(中川文隆宮司)で、第58回寒中水浴大会が開かれ、筆者(和田義男)は、和田グループ第四期の代表として六度目の寒禊を行った。
 例年どおり、Wa☆Daフォトギャラリーに 第58回鐵砲洲寒中水浴のご案内 を掲示して全国連和田グループ第四期を募集したところ、石川、群馬、茨城、埼玉、千葉、東京、神奈川、長野、静岡、愛知の各都県から19人(新人2人)が参加した。今年の全参加者は、約100人と更に前年を上回ったが、約二割の勢力である。

初春やおろしたてなる褌の白

The beginning of spring,
white of the loincloths brand-new.

はつはるや おろしたてなる こんのしろ

 和田グループ参加者の受付は、社務所二階の階段に一番近い部屋で名簿チェックにより実施した。参加者には、名簿と鐵砲洲寒中水浴のプリントできるスライドショーCDが入った福袋をプレゼントした。
 鳥船、祓戸大神(はらえどのおおかみ)、振魂(ふりたま)、雄健(おたけび)、雄詰(おころび)、氣吹(いぶき)などの難しい専門用語は、寒中水浴の栞 に解説しているので、興味のある方は参照願いたい。

初春を胸一杯に氣吹かな

Deep breathing,
the chests filled with early spring.

はつはるを むねいっぱいに いぶきかな

  年を追う毎に参加者が増え、一度に水浴できなくなっているので、第一陣・第二陣の2グループに分け、それぞれ三度づつ、氷柱の立つ水温6℃の冷水に胸まで浸かって寒禊を行った。氷柱のまわりの人が一番辛いと思う。
 
  禊を終わった参加者たちは、体温を上昇させるため、5メートル水槽のまわりで鳥船を行うよう篠道彦の指示があった。去年はしゃがんで待機し、観客が水浴を見ることができるように配慮したが、これでは何も見えない。カメラマンたちは、水槽前部の空いているところに入り込んで撮影していた。

白褌の寒の水行鐵砲洲

Teppozu, the cold water asceticism
wearing white loincloth.

びゃっこんの かんのすいぎょう てっぽうず

 千葉県浦安市の三木芳樹さんに誘われて鐵砲洲の取材を始めて足かけ9年、作品は9編を数える。平成20年(2008)1月13日(日)の第53回寒中水浴大会で、還暦記念の赤褌水浴を行って以来、今回で6度目の寒中禊となり、和田グループ代表として取材陣のカメラに最も写りやすい最前列で禊をさせてもらっているが、臆することなく、余裕を持って被写体におさまっている。篠宮司の指導どおり、目を開き、辛い顔を見せることなく平然とやれるようになってきた。

初春や湯船鳥船極楽湯

Early spring, the bathtub is the Torifune
boat going to the paradise of hot spring.

はつはるや ゆぶねとりふね ごくらくゆ

全国連和田グループ四期生の皆様へ

栄えある和田グループ四期生の皆さん、真新しい越中褌をキリリと締め、大声を出しながら力一杯鳥船を漕ぎ、氷柱の立つ寒の水に三度入るという過酷な寒中水浴ではありましたが、他の模範となる寒禊を見事に完遂していただき、ご苦労様でした。事故もなく、成功裏に終わったことは大変喜ばしく、皆様方のご協力に感謝申し上げます。

「鐵砲洲寒中水浴'13」 
 
2013.1.13 撮影:星宏幸・小林豊一・伊藤秀行 監修:和田義男

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中川文隆宮司の挨拶 10:54

中川文隆宮司の挨拶 10:54

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深呼吸の

氣吹いぶき

 11:17

深呼吸の氣吹 11:17

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寒中水浴【六】 〜第一陣第二回目の禊〜 11:22

寒中水浴【六】 〜第一陣第二回目の禊〜 11:22

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裸の交流 12:00

裸の交流 12:00

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2013年1月20日(日)晴

  平成24年(2012)11月23日(金)と25日(日)の両日、大分県豊後高田市(ぶんごたかだし)に鎮座する若宮八幡神社(吉成保雄宮司)で秋季大祭の川渡し神事(かわわたししんじ)が行われた。
 豊後高田市裸祭り保存会が主催する若宮八幡神社裸祭は、正式には、「若宮八幡神社秋季大祭/裸祭り」といい、「御神幸の川渡し」とも呼ばれる。永保4年(1084)に荒行のひとつとして始められたといわれ、今年で929回目となる。
この神幸祭は、狩衣(かりぎぬ)に褌をキリリと締め込んだ輿丁(よちょう)と呼ばれる担ぎ手たちが宮神輿を担いで桂川を渡り、本宮(もとみや)から下宮(しもみや)へ渡御(お下り)して二泊した後、下宮から本宮へ還御(お上り)する夜の川渡し神事である。毎年旧歴10月14、15、16日の最も近い金・土・日に行われる。

町渡る狩衣褌秋の夕

Autumn evening,
going through the town wearing
kariginu coat and fundoshi loincloth.

まちわたる かりぎぬふんどし あきのゆう

▲▼ 11月23日(金)は、周防灘に注ぐ桂川の右(東)岸に鎮座する若宮八幡神社・本宮(もとみや)から左(西)岸下宮(しもみや)への神輿渡御(みこしとぎょ)が行われた。地元ではお下り(おくだり)と呼ぶ神事である。

松明の川面に揺るる秋祭

Autumn festival, the light of torch
flickering on the river surface.

たいまつの かわもにゆるる あきまつり

 毎年感じることだが、私が「若宮褌」と名付けた、狩衣の上に腹巻と長い前垂れの六尺褌を締め込んだ輿丁たちの出で立ちは、凛々しく、とても男らしい。下半身が丸出しなのは、博多山笠と似ている。そして、純白の狩衣褌が川を渡ると、鼠色に変色し、その苦闘の跡を残した姿で大衆の面前に現れる。その落差がまた良い。
 
 お下り、お上りの二回、大松明が夜空を焦がす中で桂川を渡御する裸神輿は、他に類を見ないもので、美しくも勇壮であり、古来の裸褌文化を忠実に受け継いだ日本一の川渡神輿である。
 
 昨年、念願叶って若宮八幡裸祭が豊後高田市無形民俗文化財に指定されたのは大変喜ばしいことであるが、これは第一歩であり、更に県や国の指定へとレベルアップして頂きたい。

秋夜川渡りし輿丁ら濡褌

Wet loincloths of mikoshi carriers,
crossed the autumn river at night.

あきよかわ わたりしよちょう ぬれふどし

 若宮八幡神社は、仁寿(にんじゅ)2年(852)12月の創建と伝えられ、来縄郷(くなわごう)(六郷満山の一つの郷)における宇佐神宮の別宮で産土神(うぶすながみ)とされている。毎年旧暦10月14、15、16日に神幸祭である川渡し神事が行われる。
▼ 11月25日(日)は、周防灘に注ぐ桂川の左(西)岸に鎮座する若宮八幡神社・下宮(しもみや)から右(東)岸の本宮(もとみや)への神輿還御(みこしかんぎょ)が行われた。地元ではお上り(おのぼり)と呼ぶ神事である。

秋川に濡るる輿丁ら白褌

Autumn river, white loincloths
of mikoshi carriers dripping wet.

あきかわに ぬるるよちょうら しろふどし

▼ 豊後みさき太鼓は、平成元年(1989)、豊後高田市香々地(かかぢ)地区の活性化を目指して結成されたもので、国の「ふるさと創生事業」の一つである。かつて岬村と呼ばれていたころ、 龍神祭の安全祈願に太鼓と笛を鳴らしていたものを復活したという。
  発足以来活動を中断することなく自主運営を続け、香々地地区に留まらず、県内外で年間30〜40回の演奏に出掛け、海外公演も経験。豊後高田市を代表する演奏団体に成長した。とりわけ、人の背丈ほどもある巨大な太鼓や櫓太鼓の演奏は、他の追随を許さない。今では、大松明と豊後みさき太鼓は、若宮八幡の裸祭になくてはならないイベントとなっている。

秋の川松明太鼓の鳴り止まず

Autumn river, never ending sounds
of the big torch drums.

あきのかわ たいまつだいこの なりやまず

「若宮八幡裸祭'12」
 
 
2012.11.23・25 撮影・原作: 清原 浩  監修:和田義男

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精悍な姿の輿丁たち 18:11
夕暮れの町内を渡御する 17:13

夕暮れの町内を渡御する 17:13

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撮影:後藤美香

大松明と川中神輿 17:38

桂川を渡る神輿【拾壱】 〜大松明と川中神輿〜 17:38

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撮影:清原 浩

神輿を押し上げる白組輿丁たち 17:57

桂川を渡る神輿【弐拾八】 〜神輿を押し上げる白組輿丁たち〜 17:57

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撮影:清原 浩

飛沫を上げて盛り上がる輿丁たち 17:51

桂川を渡る神輿【参拾九】 〜飛沫を上げて盛り上がる輿丁たち〜 17:51

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撮影:清原 浩

大松明と大太鼓 18:19

大松明と大太鼓 18:19

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撮影:辻 竜二

 
 

 
























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2013年1月12日(土)

 平成25年(2013)1月1日(火)の早朝、石川県金沢市本多町(ほんだまち)に鎮座する石浦(いしうら)神社( 長谷吉憲宮司 38歳)で氷点下6℃の降雪の中、恒例の元旦禊が行われた。
 毎年元旦の早朝2時から石浦神社で行われる寒禊は金沢を代表する元旦の行事である。戦後から続けられているこの寒禊は、大雪が降っても中止されることはなかったといい、金沢っ子の心意気が伝わる勇壮な行事である。
  平成25年(2013)は、総勢62名(内女性3名)が参加し、長谷吉憲宮司(38歳)自らが褌一丁の裸形(らぎょう)となって寒垢離(かんごり)の指導者である道彦役を務め、雪の降り積もる境内で、手水舎(ちょうずや)の冷水をかぶる初禊が行われた。 (外気温が-6℃なので、水の方が暖かい。)

白褌の元旦禊雪筵

Snow straw mats,
water purification of white fundoshi
in the beginning of the year.

びゃっこんの がんたんみそぎ ゆきむしろ

元旦禊の募集広告

罪穢れを祓い 世界平和や家内安全を願う 禊(みそぎ)行事公開
元旦午前1時半(石浦神社社務所斎館)集合
参加者 フンドシ持参(氏子青年部より無料フンドシあり)
初穂料 1,000円〜2,000円(お気持ち)フンドシのクリニング代金込み
 
詳細 拝殿前にて氷点下6度の気温にてお祓いを受けまして、境内の禊場へ進みます。鳥船行事などエッサエッサと声をあげまして気を高めます。20分ほど・・。凍ってます手水舎の水をかぶります!人数が多いので、消防車にて地下水を上げ・・数分後・・男衆より湯気があがります!!!その内・・水をかぶっていないと寒くていられません。。次に鳥船行事にて・・10分ほど。。。。。拝殿前にて万歳!。
斎館に進めまして着替えます。次に拝殿にて御祈願を致します。最後に斎館にて直会(なおらい) 暖かい豚汁やお寿司など・・勿論・・日本酒で乾杯です。ご参加お待ちしております。 石浦神社

あら玉の手水をかぶる褌衆

Men of fundoshi,
pouring hand cleaning water over head
at the beginning of the year.

あらたまの ちょうずをかぶる ふどししゅう

「石浦神社元旦禊」
 
 
2013.01.01 撮影・原作: カウカヒゆたか 監修:和田義男

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気合いの禊!/2012年元旦
雪の降る中の

鳥船とりふね

   02:09

雪の降る中の鳥船  02:09

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何杯も水をかぶる 02:15

何杯も水をかぶる 02:15

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★彡 日本初の写真俳句 ★彡

. 俳句「海の風景」文頭
 
東京 2012年7月7(土)曇 写真俳句のさきがけ 写真に俳句をつけて発表したのは、私が最初。現在、写真俳句として流行っている。作家の森村誠一が自分がはじめたのだと放言しているが、有名になると恥知らずになってしまうものなのだろうか。

 この句集をご覧頂ければ、私が何年も早くはじめていることが分かる。北舟は和田義男の俳号。北海道の稚内で単身赴任しているときに俳句をはじめ、日本最北端の舟・北舟と名乗ることにした。

東京 2011年6月30(木)曇 俳句「海の風景」1,500句達成! 2011年6月30日(木)夜、日本の裸祭り第137集「玉前神社夏越禊’11」をアップして5句を俳句「海の風景」に追加し、「清けしや九十九里の浜の夏禊」の句で遂に1500句となった。2000年7月16日の第1句「枇杷の木を揺すりゐし子ら玉の汗」から数えて足かけ12年、実質約11年かかって達成した。1000句から1500句までは、29ヶ月しかかかっていない。「継続は力なり」を信条にコツコツと積み上げてきたが、矢張り感無量である。当面の目標は2000句だが、このペースで行けば、あと2〜3年で実現できる。ゴールは夢物語ではなくなってきたのが嬉しい。
 

1500句目の俳句

1500句目の俳句

東京 2009年3月16(月)晴 俳句「海の風景」1,000句達成! 2009年3月13日(金)夜、旅紀行ジャパン第110集「早春の山形蔵王」 をアップし、4句を俳句「海の風景」に追加し、「蔵王山霧氷の華の極まれり」の句で遂に1000句となった。2000年7月16日の第1句「枇杷の木を揺すりゐし子ら玉の汗」から数えて足かけ10年、実質8年8ヵ月かかって達成した。「継続は力なり」を信条にコツコツと積み上げてきたが、矢張り感無量である。

 最初は成算があるわけではなく、目標のない船出だった。海の風景をと思ってスタートしたが、途中で種切れとなり、タイトルと各集のカバー写真だけが海の風景となった。駄作の積み重ねだったが、たまに良い句も生まれており、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」の諺は、私の写真だけでなく、俳句にも当てはまった。(^^; 

 「世界の旅の写真館」のお陰で、最近は、感動写真集の34人の同志の方々からも写真が寄せられるので、世界中から集まるロマンと感動の写真を見ながら、主として通勤電車の中で発句した。こうしてみると、芭蕉の「奥の細道」の世界版という感じがし始め、句想を練るときには、芭蕉の気分になるから楽しい。

 最近は、写真俳句が流行っており、森村誠一さんのアスパラ写真俳句塾など、新聞社やプロが主宰するフォーラムなどもあるが、少なくともinternetの世界では、その先駆けはこの俳句「海の風景」である。しかも全句英訳付きというのは、誰もやっていない。手前味噌で恐縮だが、自己宣伝しないと誰も云ってくれないし、それでは分からないので、あえてアピールさせて頂く。人がやっていないことをやるのは、誠に痛快で、気持ちが良い。(^^

 現在満62歳になったばかりで、心技体はとても充実している。これからも芭蕉になったつもりで、世界中の旅の風景を17文字に変換してゆきたい。次の目標は2,000句である。それが達成できるまで、この世に存在することを神に祈りたい。

東京 2008年8月15日(金)晴   kinuko   様より

南ドイツの旅 残暑お見舞申し上げます 南ドイツの旅の画像有難う御座いました。爽やかな田園風景素晴らしいですね ロマンチック街道の麦畑等は見て居るだけで暑さを忘れさせます。

今回も即吟で沢山句を詠まれて居ますね どれを取っても素晴らしいです 和田先生はブログで写真俳句を出されたら如何でしょうか? お忙しいと思いますが俳句を詠んで居る人達がきっと喜んでくれると思います。有難う御座いました。
おはようございます。写真俳句のご提言有り難うございます。ご主旨は、単独のブログをということだろうと拝察していますが、既に「俳句・海の風景」という英訳付き写真俳句を発表しておりますので、単独のブログと代わりません。

朝日新聞のアスパラ塾がメジャーで、森村誠一さんの著書もありますが、最初に写真俳句をはじめたのは私ですし、英語俳句もあわせたものは、世界広しといえども他に例がありません。既に850句ほどになり、これからも旅にあわせて拙句を発表してゆきたいと思っていますので、ご期待下さい。有り難うございました。

東京 2007年12月29日 旅と俳句 60歳という還暦を迎えた平成19年(2007)は、1月1日の「509 初景色亥年還暦浪漫旅」からはじまり、第15集706句の「観世音秋桜揺るる散歩道」まで、約200句を創った。当面の目標である1000句まで、そんなに遠い道のりではなくなった。お陰様でアクセス件数も9万件を超えた。大変有り難いことだと思う。私は怠け者なので、どうしても発句しないといけない状況に追い込まれないと俳句が作れない。Wa☆Daフォトギャラリーというinternetのホームページに発表の機会があったからこそ、ここまで歩いてくることが出来た。

それだけではない。旅をしたからこそ、色々なテーマに向かって17文字の世界一短い詩を考え、自分なりの世界を築くことができた。旅の作品には、自分の写真であれ、感動写真集作者の写真であれ、必ず俳句を付けるというルールをいつのまにか作り、自分に厳しくそのノルマを課したからこそ、700句という俳句が生まれた。作品の編集途上の通勤電車の中で、どの写真にどのような俳句を付けようかと考え、発句した。通勤鞄の中には「季寄せ」が入っている。それで季語を検索しながら、写真にふさわしいものをひねり出していった。「吟行」というスタイルがある。私は、旅の現場では撮影に夢中になっているので、吟行する余裕がない。私の吟行は、JR青梅線河辺駅から中央線新宿駅までの1時間10分の通勤電車の中である。

駄作が多いことは百も承知している。しかし、素人の自分がこゝまで歩んでこれたのは、Wa☆Daフォトギャラリーという日本一のフォトギャラリーが生まれたお陰である。感動写真集の多くの仲間や、リピーター客、Googleという勝手に宣伝してくれる検索エンジン会社など、予期せぬ幸運と偶然と声援と、少しばかりのアイデアに支えられたからだろう。「自己顕示欲が強い男だ」という陰口があることも想像できる。しかし、自分の一生は一度しかチャンスがない。「
Going my way」「継続は力なり」を信条に、来年も自分をアピールし、自己満足と少しだけの社会貢献ができることを信じて、歩き続けよう。

英訳は骨の折れる作業である。なぜ英訳するのかと自問すれば、「誰もやっていないから」という答えしかない。英文俳句も700句を超えたのは凄いことだと、自分を誉めてやりたい。気力体力の続く限り、来年もマイペースで歩いてゆこう。明日には、未知の何かが起こることを期待して・・・。


東京 2007年7月2日 旅と感性 本日、第13集をアップ、北欧の旅シリーズの第一弾「夏のコペンハーゲン」の8句を追加した。既に600句を超え、数は順調に増えているが、レベルが上がったかどうかについては、写真技術ほどの上達はないというのが実感である。芥川龍之介は生涯約600の俳句を残しているという。質的には雲泥の差があるとしても、少なくとも量的には彼を上回ったことになり、とても愉快である。

いつの頃からか
和田フォトの作品には自作の俳句を必ず載せることをルールとしてきた。半ば義務として、疲れた身体に鞭打って、通勤電車の中で、使い慣れた角川の季寄せとメモ帳を広げ、思索にふける。朝の寝ぼけた部分が残る頭でも、ロマンと感動をタップリと受けた旅の記憶から実景が鮮明に蘇り、楽しい創作タイムが始まる。

旅は、感性を刺激する。世界の情景の前に、次々と発句が生まれる。湯水のようにとは行かないが、それでもどんどんできる。その中から良さそうな句を選び、推敲する。これが苦しいが、良い文句が絞り出せたときのうれしさは格別である。旅をしなければ、頭に浮かぶ情景は貧しく、生まれる詩句もまた貧しいだろう。そう思うと、「旅に出ることで感性に磨きがかかる」ということに気がついた。私のような才能に乏しい凡才でも、旅を続けることで、沢山シャッターボタンを押して、まぐれの名作を切り取ることができ、また、俳諧の世界でもまぐれに良句が生まれることがある。「旅は感性を育てる」からだろう。けだし名言だと自画自賛!(^^;

ともあれ、「継続は力なり」を信じて、これからも駄作を大量に詠んで行こう。そのうち何かがあることを信じて・・・。


東京 2007年1月2日
 俳句の目的と効用 2006年12月13日(水)、12年かかって500句目の俳句「広州の瑠璃の館の秋寂びぬ」をアップした。俳句「海の風景」は、50句づつ束ねて10集が完成し、11集目に入った。「フォトギャラリーに俳句は必要か。」「俳句の英訳はなぜ?」「褌の俳句を続けるのはなぜ?」などと自問しながら、「継続は力なり」を信条に、ここまでやってきた。「駄作ばかりで、進歩していないのではないか。」とも思う。それは多分そうかも知れない。

しかし、俳句にはたった17文字で写真では表現できない余韻や深みや浪漫がある。読者の解釈如何で、味わいがいかようにも変化する。俳句のお陰で、簡潔明瞭な文章が書けるようになった。英訳付き俳句や褌句は、裸祭りシリーズのように誰もやっていないジャンルである。どんなテーマでもよいから誰もやっていないことをやること自体に意義があり、手間暇かかるが、自慢となり、歓びとなる。迷ったときは、前向きに進むのが正解だと信じ、これからも1000句を目指して、一歩々々歩いてゆくことにする。そのうち、なにかが見えてくるに違いないことを信じて・・・。


東京 2005年8月15日
 継続は力なり 二年前の盆休みに句集のコメントを記載してもう2年経つ。今日、300句を超えたため、一集を50句単位にしているので、第七集を追加した。最近は、毎日100人前後のゲストがあり、俳句も手を抜けなくなった。五年間で5万件を超え、リピーターも増えている。フォトギャラリーに説明文を加え、BGMを設定し、そして俳句を挿入するという作業は、大変だが、馴れてしまうと結構楽しいものだ。

 下手な俳句も、たまには自己満足できるものが増えてきた。何より、英訳を施すことで、俳句の意味がより鮮明になり、深みを増してくるように思う。英訳も最近はコツを覚え、どう訳して良いか分からないようなことはなくなった。英訳できないような句はあり得ないし、あったとすればそれは悪首なのだろう。俳句に写真と英訳をつけ、解説する。このような構成の句集は私以外には存在しない。

 「海の風景」というタイトルも、陸に上がった河童となってしまった今では、ふさわしくないかも知れないが、せめて、カバー写真だけでも海の風景を入れて続けていきたいと思う。どこまで続くか分からないが、「継続は力なり」を信じて、やれるところまでやってみたい。


東京 2003年8月16日
 「俳句海の風景」の継続 8月の盆休みで日本列島は里帰りのシーズンだ。今週は会社全体が夏休みなので、私も休みを取っているが、東京は雨続きで、外出ができない。一日中、家の中で過ごしている。お陰で、未編集の作品を数本、一気に仕上げてアップすることができた。また、これまでの作品に手を加えたりして、時間を有効に使っている。

 
俳句「海の風景」は、50句を束ねてアップしており、既に第4集に入っている。今年の4月に神戸から東京に転勤となり、海の句が殆どなくなってしまった。タイトルを修正しようかとも考えたが、既に2年を超えるシリーズとして定着しており、タイトルは従来のままとすることにした。

 世界の旅の写真館としてWa☆Daフォトギャラリーはこれからも歩み続けてゆくが、それとともに、この俳句も続けてゆきたい。そして、英訳と写真とをあわせて添えてゆく。このような試みは私しかやっていないと思う。かなり骨の折れる作業であるが、やる価値はあると思う。


神戸 2002年8月11日
 暑い夏が続いている。昨日は夏休みの帰省ラッシュのピークを迎えた。おかげさまで、Wa☆Daフォトギャラリーも無事に二周年を迎え、毎月一万件のアクセスをいただけるサイトに成長した。一周年記念として始めた俳句「海の風景」も未だに続いており、遂に百句を超えてしまった。読み返してみると、駄作もあるが、なかなか良い句だと自慢したくなるような作品もある。

 徒然日記を書くごとに折々の俳句を挿入し、それを俳句「海の風景」に写し、英訳と解説文を加えてきた。この作業もかなり大変だが、何とか続けてきた。俳句は本来のフォトギャラリーとは必然性のないコンテンツではある。しかし、映像と17文字の言葉の違いこそあれ、情景を写し取ることには違いがない。むしろ情報過多の映像より、シンプルな文字の方が味わい深いこともあるのではないだろうか。私の拙句をそれなりに楽しみにして下さる読者もおられるようで、励ましのmailをいただくと、止められなくなる。写真の方も風景写真から始まって祭りや花の写真まで手を広げてビッグサイトになってしまったが、今更引き返すこともできない。これからも情熱と体力の続く限り、現在のコンセプトで進んでいきたい。

神戸 2001年7月29日 平成13年4月1日、広島から神戸に赴任。俳句は、相変わらず月に一回うつみ会に7句を投句し、高橋三洋子先生の添削と講評を受けている。いわば通信教育という形で続いており、先生のご厚意に感謝申し上げる。

 昨年7月から個人のホームページ・Wa☆Daフォトギャラリーを始めて1年余りになる。アクセス13,000件を突破し、すっかり軌道に乗ってきた。そこで一周年記念として、これまで徒然日記の冒頭に折々の俳句を載せてきたので、それを集めて、俳句「海の風景」というタイトルにまとめ、それに写真とコメントを付けてみた。また俳句の英訳もつけた。英訳にも意訳が入り、イメージの広がりが期待できる。

 まだまだ素人の域を出ていないが、当ホームページのビジターに海の素晴らしさや季節感などを画像と同様に感じとっていただければ有り難い。わずか17文字でイメージ(画像)を表現できれば幸いだ。これまで海で仕事をしてきた経験を生かし、海の風景を一幅の絵のように切り取ってみたい。これが作者のテーマでありコンセプトである。ただ、海の句に限定したわけではないので、折々の身近な風景を適宜織り込んでいきたい。

パノラマの神戸の港春霞

風光る館の空に風見鶏

Panoramic view
of Port Kobe
in the spring haze.

A weathercock on the roof
under sky
with a glistening wind.


広島 2000年4月23日
 平成12年4月1日、函館から広島に赴任した。友人から勧められ、俳句同好会「うつみ」に入会、月一の例会に出ることになった。仕事の合間を見て俳句づくりに専念する毎日が始まった。稚内在任中から俳句を創作していたので、ある程度の自信があるが、句会に出席し、先生に講評を仰いだり、添削を受けるのは初めてである。少し緊張するが、楽しみながら自然流で俳句をつくりたい。先生の俳号は高橋三洋子で、正岡子規の弟子である高浜虚子の流れを汲むという。種田山頭火のような自由律の俳句ではなく、古典派ともいうべき俳句で、キチッとした季語が必要であり、自然で平易なものでなければならないと教わった。

白藤や水面に鯉の浮き沈み

草鞋揺る仁王門より遍路発つ

Carp sink and float
to the surface
under white wisteria.

Pilgrims started
 thorough Deva gate
on which straw sandals swinging. 


稚内 1994年3月26日
 平成6年は吹雪で明けた。日本最北端の地・稚内市に来て一年足らずであるが、現在貴重な冬の体験を積みつつある。窓の木枯らしを聞きながらテレビで正岡子規のドキュメント・ドラマを見ていたら、ふと、この稚内市を中心とした宗谷の出来事を点描してみたら面白いのではないかと思った。今まで俳句などというのは創ったことがないが、挑戦するのも楽しいのではないか。稚拙ではあるが、北国の思い出をファイルする趣旨で詠んでみたところ、アッという間に百首を越えてしまった。思ったより簡単である。粗製濫造気味ではあるがこれからも続けたい。俳号は日本最北端の地にちなんで北舟とした。

正月や昆布拾いの海人ふたり

流氷の接岸告げる尾白鷲

Two fishermen
pick up kelp
on New Year's Day.

A white-tail eagle signals
the arrival of drift ice
to the coast.

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