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 旅紀行日本の裸祭り

2019年12月16日改訂

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♪ 大太鼓〜海に帰る〜巡礼〜海のアラベスク

初陣の山笠立てり40年   北舟

 

Yamakasa the first battle erected, 40 years history.

2019年12月16日制作

【四】岡流の山小屋 〜見送り「軍師半兵衛」〜

拡大写真(3000X2250)1.73MB

岡流の山小屋 〜見送り「軍師半兵衛」〜 (福岡県福津市)

  波折神社   祗園紋

津屋崎祗園山笠'19

初陣

撮影 和田義男 辻竜二 吉田好幸

はじめに

 
▼ 令和元年(2019)7月20日(土)21(日)の両日福岡県福津市(ふくつし)津屋崎(つやざき)に鎮座する波折神社(なみおり・じんじゃ)(麻生藤七宮司 59歳)で305年目の津屋崎祗園山笠(つやざき・ぎおんやまかさ)(福津市無形民俗文化財)が開かれたので、津屋崎祗園山笠振興会(西野正信会長 66歳)の協力を得て、全国連和田グループ(和田義男代表 72歳)第五期6名が北流に参加し、密着取材を行った。
 
 なお、令和元年、新たな飛躍と発展を期して、これまでの「津屋崎山笠保存会」が「津屋崎祗園山笠振興会」と改称された。
 
福岡県福津市の位置

福岡県福津市の位置

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福岡県福津市
▲▼ 玄海灘に面し人口約5.5万を擁する福津市(ふくつし)福岡県北西部の福岡地方に位置し福岡市と北九州市の中間に位置する。平成17年(2005)1月24日に宗像郡(むなかたぐん)福間町(ふくままち)と津屋崎町(つやざきまち)が合併して発足し、今年、12年目を迎えた。  福津市公式サイト  
   「九州の鎌倉」とも呼ばれる津屋崎は古くから大陸との交流で栄えた。江戸時代から昭和初期までは、塩の積出港として栄え、津屋崎千軒と呼ばれるほどの賑わいを見せ、夏には祗園山笠が盛大に催行された。明治34年(1901)創建の紺屋が「津屋崎千軒民俗館」として再生されているほか、美しい家並みは今も健在である。  
津屋崎祗園山笠が行われる波折神社の位置

津屋崎祗園山笠が行われる波折神社の位置

拡大写真(1500X1450)436KB

Google Earth
大峰山から望む津屋崎海岸

大峰山から望む津屋崎海岸

拡大写真(3000X1900)1.27MB

津屋崎海岸の一等地にある和田グループの定宿「吉田屋」

津屋崎海岸の一等地にある和田グループの定宿「吉田屋」

拡大写真(4000X2300)1.82MB

旧津屋崎地域

旧津屋崎地域

拡大写真(1800X2400)878KB

保存会資料(津屋崎祗園山笠三百年記念記録誌)

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜頑丈な防波堤の奧に広がる漁港/鳥瞰図(資料)〜

                                  ↓津屋崎ヨットハーバー     ↓津屋崎橋   ↓魚市場 

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜鳥瞰図(資料)〜

拡大写真(1000X600)117KB

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜180隻収容可能な津屋崎ヨットーハーバー〜

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜180隻収容可能な津屋崎ヨットーハーバー〜

拡大写真(3000X1950)911KB

津屋崎ヨットーハーバーをバックに

津屋崎ヨットーハーバーをバックに

拡大写真(2400X1650)677KB

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜大自然に抱かれた清潔で美しい漁港〜

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜大自然に抱かれた清潔で美しい漁港〜

拡大写真(2400X1650)821KB

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜中心部付近(西岸)〜

                        ↓津屋崎漁協                ↓魚市場              ↓お魚センター        ↓福岡県立水産高校

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜中心部付近(西岸)〜

拡大写真(3000X1800)779KB

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜津屋崎橋より漁港入口(北)を望む〜

 西    ↓福岡県立水産高校                                                              大峰山↓  

沿岸漁業基地・津屋崎漁港 〜津屋崎橋より漁港入口(北)を望む〜

パノラマ写真(3600X1300)772KB

波折神社
津屋崎の中心部に鎮座する波折神社(なみおりじんじゃ)は、漁師たちの守り神であり、地元の氏神である波折大神(なみおりのおおかみ)(瀬織津大神(せおりつのおおかみ)、住吉大神(すみよしのおおかみ)、志賀大神(しがのおおかみ)の三神を祀る。
波折神社参道

波折神社参道

拡大写真(2000X1350)617KB

 その昔、神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓を征し帰国してこの地に立ち寄った際この三神が現れたので河原崎の宮之本に神垣を造り、三神を斎祀したのが始まりという。神功皇后は、神垣を造り終え持っていた杖を地面に刺して休息したので、「杖刺し」が訛って「津屋崎」という地名が付いた。社伝によれば、承久3年(1221)に現在地に遷宮したという。
波折神社拝殿 2017.07.16 07:30

波折神社拝殿 2017.07.16 07:30

拡大写真(3000X1900)725KB

 ある日、3人の漁師が沖合で釣りをしていると、急に海が荒れて遭難し、神に祈ると三神が現れ、荒波を折って鼓島に漂着し、食べ物を得た。波風が収まると舟に三つの石があったので、漁師たちはそれを持ち帰ってご神体とし、社(やしろ)を奉(たてまつ)り、波折宮と呼ぶようになったという。
波折神社拝殿内部

波折神社拝殿内部

拡大写真(2600X1900)633KB

祇園様を奉る境内社「須賀神社」

祇園様を奉る境内社「須賀神社」

拡大写真(2400X1700)1.14MB

須賀神社と祇園山笠を解説した説明板

須賀神社と祇園山笠を解説した説明板

拡大写真(2000X1350)492KB

津屋崎祗園山笠

 
津屋崎祗園山笠(つやざき・ぎおん・やまかさ)今から302年前の江戸時代・正徳4年(1714)に櫛田神社(博多)から波折神社(津屋崎)に祗園社の神を勧請(かんじょう)して3基の山笠を奉納し、疫病、災害の退散を祈願したことに始まる。  
 山笠は、漁業中心の北流(きたながれ)、商業中心の新町流(しんまちながれ)、農業中心の岡流(おかながれ)の3つの流れがある。
 山笠のメイン・イベントである追い山は、かつては7月19日に奉納されていたが、現在では19日に近い日曜日となり、平成31年(2019)は7月21日に行われた。
「岡流」をあしらった2019年のポスター

「岡流」をあしらった2019年のポスター

拡大写真(1700X2400)1.14MB

「津屋崎三流」をあしらった2019年の看板

「津屋崎三流」をあしらった2019年の看板

原田誠・筑前津屋崎人形
▲▼ 山笠の制作は、三本とも地元・筑前津屋崎人形巧房の人形師・第七代原田誠(TEL 0940-52-0419)が担っており、桶狭間の合戦など有名な戦闘シーンや黒田八虎など歴史上の武将の飾り人形を制作している。博多山笠と違うところは、飾り人形の数が表が三体、見送りが一体と決まっていることだ。
 津屋崎山笠では、大企業が多数協賛する博多山笠と違って、人形部分は筑前津屋崎人形巧房からの貸し出しという形を取っており、山解きでは、人形を解体せずに返還される。かつては、山笠だけで半年分の収入があったが、現在はそういうわけにはいかず、人形を再利用して制作費を抑えているのだという。
筑前津屋崎人形巧房

筑前津屋崎人形巧房

拡大写真(2000X1800)650KB

人形師・第七代原田誠さんへの表敬訪問

人形師・第七代原田誠さんへの表敬訪問

拡大写真(3000X1950)745KB

三流れの山小屋

 

今年も光線の具合を見ながら西から東に並ぶ北流・新町流・岡流の山小屋を訪ね山笠を撮影した。

 

山小屋の位置

山小屋の位置

拡大写真(3000X1800)739KB

保存会資料(津屋崎祗園山笠三百年記念記録誌/一部修正)

【壱】 北流の山小屋 〜表「上田合戦」〜

【壱】 北流の山小屋 〜表「上田合戦」〜

拡大写真(2600X3000)1.15MB

【弐】 北流の山小屋 〜三体の武将たち〜

【弐】 北流の山小屋 〜三体の武将たち〜

拡大写真3000X2550)1.59MB

   初陣の山笠立てり40年  北舟 

ういじんの やまかさたてり しじゅうねん

Yamakasa the first battle erected, 40 years history.

【参】 北流の山小屋 〜表標題「上田合戦」の解説〜

【参】 北流の山小屋 〜表標題「上田合戦」の解説〜

【四】 北流の山小屋 〜見送り「聖将謙信」〜

【四】 北流の山小屋 〜見送り「聖将謙信」〜

拡大写真(2100X2400)1.33MB

【五】 北流の山小屋 〜見送り標題「聖将謙信」の解説〜

【五】 北流の山小屋 〜見送り標題「聖将謙信」の解説〜

【壱】 新町流の山小屋 〜表「風雲桶狭間」〜

【壱】 新町流の山小屋 〜表「風雲桶狭間」〜

拡大写真(2950X3000)1.16MB

【弐】 新町流の山小屋 〜表「三体の武将たち」〜

【弐】 新町流の山小屋 〜表「三体の武将たち」〜

拡大写真(2050X2000)1.01MB

【参】 新町の山小屋 〜表標題「風雲桶狭間」の解説〜

【参】 新町の山小屋 〜表標題「風雲桶狭間」の解説〜

【四】 新町流の山小屋 〜見送り「武将昌幸」〜

【四】 新町流の山小屋 〜見送り「武将昌幸」〜

拡大写真(3000X2400)1.21MB

【五】 新町流の山小屋 〜見送り「武将真田昌幸」〜

【五】 新町流の山小屋 〜見送り「武将真田昌幸」〜

拡大写真(3000X2250)1.66MB

【六】 新町流の山小屋 〜見送り標題「武将昌幸」の解説〜

【六】 新町流の山小屋 〜見送り標題「武将昌幸」の解説〜

【壱】 岡流の山小屋 〜表「巴御前奮戦」〜

【壱】 岡流の山小屋 〜表「巴御前奮戦」〜

拡大写真(2700X3000)1.29MB

【弐】 岡流の山小屋 〜表「巴御前と二人の武将」〜

【弐】 岡流の山小屋 〜表「巴御前と二人の武将」〜

拡大写真(3000X2250)1.73MB

【参】 岡流の山小屋 〜表標題「巴御前奮戦」の解説〜

【参】 岡流の山小屋 〜表標題「巴御前奮戦」の解説〜

【四】岡流の山小屋 〜見送り「軍師半兵衛」〜

【四】岡流の山小屋 〜見送り「軍師半兵衛」〜

拡大写真(3600X2700)2.33MB

【五】岡流の山小屋 〜見送り標題「軍師半兵衛」の解説〜

【五】岡流の山小屋 〜見送り標題「軍師半兵衛」の解説〜

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