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 感動写真集

2012年6月15日改訂

 

 

 

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桜川 : 水の宮

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            白鷺の撒餌に遊ぶ桜花  北舟

2006年6月23日作成

桜吹雪の中をパレード

桜吹雪の中をパレード(淺草寺/東京都台東区)

淺草神社神紋「三葉葵」   淺草神社神紋「三網」   淺草神社神紋「左三巴」

江戸っ子!三社祭

白 鷺

白鷺しらさぎ の舞
 浅草っ子にとってもう一つの誇りは、「白鷺の舞」である。この舞は、慶安5年(1652)の「淺草寺慶安縁起絵巻」に描かれた祭礼行列の中にあった「鷺舞」を浅草観光連盟が明治100年を記念して昭和43年(1968)に復元したものである。

淺草寺観音堂の桜

淺草寺観音堂の桜

鷺舞神事さぎまいしんじ
 鷺舞の神事は、京都・八坂神社の祇園祭が起源で、1100年以上の昔から悪疫(あくえき)退散のために奉演されていたが、慶安2年(1369)に大内氏が京都から山口に八坂神社を勧請(かんじょう)するに当り、山口の祇園祭の神事として導入し、更に天文11年(1542)、津和野(島根県)の城主吉見(よしみ)氏が山口から津和野に招来した。

白鷺の舞の踊り子たち

白鷺の舞の踊り子たち

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 その後、京都や山口では完全に廃れてしまったことから、津和野の鷺舞は全国的に知られるようになった。近年、京都では津和野から伝習して復活しており、淺草寺の「白鷺の舞」は、京都の正統を基本に、慶安縁起絵巻の遷座供養の祭礼行列に描かれた鷺舞を復元したもので、平安時代の風雅を眼のあたりにすることができる。

踊り子たちのお参り / 観音堂

踊り子たちのお参り / 観音堂

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 一行は、武者3名、棒振り1名、餌まき1名、大傘1名、白鷺8名、楽人(がくじん)19名、守護童子の総勢約40名の構成で、全員平安装束に身を包んでいる。写真下の右隅には大傘と餌まき、鷺舞と大傘の間にシンバルのような楽器を持つ楽人が立つ。

五重塔を背景に奉演する白鷺の舞

五重塔を背景に奉演する白鷺の舞

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白鷺が御堂のいらかで舞いた  白鷺が 千束田圃せんぞくたんぼ *に舞いた  豊かな年を寿いで  平和な光を寿いで

*千束田圃:かつて淺草寺や淺草神社があった場所は、千束郷(せんぞくごう)と呼ばれていた。

優雅な白鷺の舞

優雅な白鷺の舞

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白鷺の舞は、〈4月8日に近い日曜日〉〈三社祭の大行列〉〈11月3日〉の年3回、淺草寺境内で奉演される。

白鷺の空を翔ぶが如し

白鷺の空を翔ぶが如し

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 白鷺の撒餌に遊ぶ桜花 北舟 

しらさぎの まきえにあそぶ さくらばな

 平成18年(2006)は、4月9日(日)午前11時から舞が披露され、白鷺をかたどった平安装束に身をかためて舞い踊りながら一巡する様子は、平安時代の風雅を今に伝えるもので、ロマン溢れる時代絵巻であった。

可愛い守護童子たち

可愛い守護童子たち

パレードに出発

パレードに出発

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平安絵巻のパレード
 「白鷺の舞」一行は、淺草寺境内での奉演を終えた後、桜吹雪のなか、棒振りを先頭に仲見世をパレードし、出発した伝法院*(でんぽういん)に戻って行った。
*伝法院:宝蔵門の南西にある淺草寺の本坊。小堀遠州作と伝える回遊式庭園がある。一般公開されていない。

桜吹雪の中をパレードする「白鷺の舞」一行

桜吹雪の中をパレードする「白鷺の舞」一行

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