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 感動写真集

2014年8月23日改訂
♪和楽器メドレー

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2004年7月31日作成

町内を行く西流

博多祇園山笠(福岡県福岡市)

   

流れ舁きながれがき

 7月10日は初めて舁き山笠(舁き山)を披露する流れ舁きの日である。午後4時から6時にかけ、流(ながれ)ごとにそれぞれの区域を舁き廻る。
 舁き山の順番は毎年一番ずつ繰り上がり、全部で七流あるため、一番が回ってくるのは7年に一度。2004年は西流(にしながれ)が一番山笠となった。

西流冷泉町二区

西流冷泉町二区

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一番山笠いちばんやまかさ

 

西流にしながれ

 西流は、昭和41年(1966)の町界町名整理後、新町名の冷泉町(れいせんまち)、店屋町(てんやまち)、綱場町(つなばまち)、奈良屋町(ならやまち)で構成される。 参加者は1,000人を超えるという大所帯である。
 各区域ごとに若者詰所が設けられ、法被は町毎に異なる。各詰所には、町総代、取締、衛生、赤手拭(あかてのごい)などの役職名の入った提灯が掲げられていた。

西流冷泉五区若者詰所

西流冷泉五区若者詰所

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舁き山笠かきやまかさ

 現在、七流(ななながれ)が保有する舁き山笠は、 6名の台上がりを含めて重量が約1トン。構造材は、桧、杉、桜、樫などで、込栓(こみせん)や八つ文字縄と呼ばれる独自の方法で組み立てられ、一本の釘も使わない。4本の脚があるが車輪はなく、地面と激しくぶつかる脚の先端には鋳物の胴沓(どうがね)が取り付けられている。

招き板を持って行進する奈良屋町二区

招き板を持って行進する奈良屋町二区

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 山台は毎年、組立・解体され、10年程使われる。長い歳月の中で、山大工による木組みの知恵と技術が結集されている。舁き棒の寿命は長く、80年以上も使われた棒もあったという。

西流奈良屋町二区

西流奈良屋町二区

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 舁き山の高さは15尺(4.55m)。長さ20尺(5.45m)の舁き棒6本を26人で担ぎ、10人ほどが後押しする。招き板を持った子供たちが先走るなか、数百人の男衆が山の周りを走り、適宜交代しながら市内を走る。
 各自締め込みに挟んでいる舁き縄は、山を担ぐときに舁き棒にまわし、この縄を掴んで担ぐためのもの。担ぐ位置が固定され、肩でしっかりと担ぐことができ、転びそうになっても身体を保持することができる。

記念撮影

記念撮影

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赤手拭あかてのごい

 舁き手は「台上がり」「鼻どり」「前さばき」「さき走り」「あと押し」などの役割分担があり、手拭(てのごい)や襷(たすき)の色によって役職が識別される。最初は白手拭からスタートするが、年期と熟練を要する赤手拭から役付となるため、赤手拭は男たちの憧れの的(まと)である。
 手拭は首にかけておくが、出動するときは、捻り鉢巻(ねじりはちまき)にする。
西流の流れ舁き

西流の流れ舁き

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台上がり

 
 台上がりは、中央を「棒捌き」、両袖を「右袖」「左袖」といい、表(前部配置)、見送り(後部配置)ともに3人ずつ上がり、鉄砲と呼ばれる赤い指揮棒で舁き手を鼓舞する最も晴れがましい役である。10日の流れ舁きでは、鉄砲を持つ長老は上がっていなかった。
輝光先鋒誉の西流

輝光先鋒誉の西流

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櫛田入りくしだいり

 櫛田神社の清道(せいどう)に入ることを櫛田入りという。今年初めて櫛田入りした一番山笠に大きな拍手が湧いた。15日未明の追い山では、櫛田入りから5kmのタイムレースが競われる。

櫛田入り

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博多祝い唄

 西流の舁き山は、清道旗を廻ったところで停止し、舁き手を除く全員が鉢巻を外して「博多祝い唄(祝い目出度)」を唄った。ここで祝い目出度を唄えるのは一番山笠だけの特権である。

祝い目出度

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 このあと西流は鉢巻を締め直し、勢いよく町に繰り出して行った。転倒者がいたが、大事には至らなかった。  

転倒!

転倒!

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勢い水いきおいみず

 舁き山が動き出すと、盛んに勢い水がかけられる。清水(きよいみず)ともいわれ、清めの水であるが、汗だくの舁き手にとっては冷却水の効果がある。また、道路を濡らし、埃を押さえ、山笠もスムーズに動く。
 コース各所にポリバケツの水桶が準備され、先走りの男たちだけでなく、沿道の見物人からも水桶やホースで清水がかけられ、大量の水が宙を舞った。

勢い水

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先走りの子供たち

 西流の子供たちが地区名を表示した招き板を持ち、舁き山の遙か前方を威勢良く走ってきた。舁き山の前触れである。男子だけでなく、女子も同じ締め込み姿である。博多っ子ならではの裸文化である。

舁き山の前を走る子供たち 1

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町内を行く西流

 西流の男衆は、勢い水を被って濡れ鼠のようになり、白い法被は膚が透けて見える。赤手拭が誇らしげである。

町内を行く西流

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精悍な西流のリーダー

 日焼けして精悍な顔つきのリーダーは、店屋町の水法被を着け、紅白縞の手拭を持ち、終始、舁き山の直前を走って実質的な指揮をしていた。山笠に打ち込む男の素晴らしい素顔が汗で光っていた。

精悍な西流のリーダー

 

反省会の輪

 
 初出動の流れ舁きが終わり、山小屋のそばで反省会の輪があった。リーダーが各町の責任者を集めて反省点を指摘していた。みんな真剣な表情で聞いていた。

反省会の輪

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直 会なおらい

 夕刻、若者詰所で直会が開かれ、男たちは乾いた喉をビールで潤した。西流の流れ舁きは、無事に終わった。

直会

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