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 感動写真集

2007年9月20日改訂

今 日

昨 日

♪催馬楽神楽 

拡大写真(1600x1150)378KB

 

2007年9月9日作成

野焼き

野焼き(日向の師走祭/宮崎県美郷町・木城町)

国指定/選択無形民俗文化財

日向の師走祭

中の日

ご神体お衣替え

 祭2日目(中の日)は、午前10時30分からご神体お衣替えの儀から始まる。神門(みかど)と比木(ひき)から2人ずつ白い内衣型の上着を着用し、顔いっぱいの紙マスクをつけている。神門、比木両社の宮司だけが神殿に入り、ご神体を包みかえる。ご幣は拝殿で新しい紙を切り、お衣替えをする。
お衣替え

お衣替え

 午後2時30分から本殿にて祭典が行われる。神官は、正装の束帯姿で、神門、比木両社の神官、氏子が並ぶ。美郷町長はじめ地元名士が出席し、一同に会して神事を行う。
中の日の祭典

中の日の祭典

ドンタロ祭

 本殿での祭典が終わると、新粧のご神体とご幣は、両社代表の左肩に乗せられ、先導の神官、神門、比木、太鼓、笛の順に「ドーン」、「オオー」と繰り返し声を上げながら、神門神社裏手のドンタロ塚(ドンタロさん)に向かう。
 ドンタロさんとは、禎嘉王が神門入りしたときに、大いに力を貸した神門地方の豪族ドンタロまたの名を益見太郎(ますみたろう)のことで、ドンタロ塚は、その墓であるともいわれている。
ドンタロ塚に向かう一行

ドンタロ塚に向かう一行

 比木神社の先頭がご幣を、2人目がご神体を左肩に担いで、ドンタロ塚を回る。ご神体の袋神(ふくろがみ)は、日本に神輿(みこし)が登場する以前の姿であるといわれる。
比木神社ご神体の袋神

比木神社ご神体の袋神

 ドンタロ塚に到着すると、塚の前にご神体を安置したあと、将軍神楽(弓矢神楽ともいう。)を奉納する。

ご神体安置

ご神体安置

将軍神楽

 両社の2人が装束の袖を背中で結び、神楽を舞いながら2本の弓を放つ。実際に弓を放つ神楽は珍しいという。
矢を放つ将軍神楽

矢を放つ将軍神楽

山宮さん

  ドタンロ塚の東の急斜面を下ったところに「山宮さん」と呼ばれるところがあり、ここで豊作祈願の神楽が奉納される。神楽は、両社の2人が舞うが、神門の氏子は比木の舞手を、比木の氏子は神門の舞手を本笹のついた青竹で邪魔するように、舞手の上から被せるように扱う習わしである。
山宮さんの豊作祈願神楽

山宮さんの豊作祈願神楽

洗濯行事

 ドンタロ塚での神事の後、一行は、王の衣類を洗濯したという故事にならい、小丸川(おまるがわ)を目指す。氏子の2人が野焼きのための松明を持ち、先頭を務める。
小丸川を目指す

小丸川を目指す

拡大写真(1400x933)308KB

野焼きの儀

小丸川へ向かう途中の草原に着くと、松明で枯れ草に火を付けて野焼きを行い、その後、川原に向かう。

野焼き

野焼き

拡大写真(1600x1150)378KB

洗濯の儀

小丸川の川原に着くと、直径1m程の大きな岩にご神体とご幣を並べ、全員が川原に膝(ひざ)を付けて神事を行う。

洗濯の儀を開始

洗濯の儀を開始

拡大写真(1400x933)281KB

石運びの儀

 洗濯行事が終了し、帰路につく前に、神官、氏子は川原で石拾いをし、鏡餅に似た石二個を拾って白紙に包み、左肩に乗せて持ち帰る。 見学者もこれに倣い、石を持ち帰っていた。

石を運ぶ氏子たち

石を運ぶ氏子たち

 持ち帰った石は、集落の入口にある石塚に投げこむと願い事がかなうという。似たような風習が百済の故国にもあるという。

石塚へ投げこむ

石塚へ投げこむ

 この後、社殿を左回りに3回周り、さらに石段を下りて、石の鳥居で引き返し、神殿に入る。最後に神殿にて、父王から王子へのお土産として、神田(かんだ)用の稲穂渡しが行われる。比木神社ではこれを持ち帰り、苗として育て、神楽を奉納しながら神田に植えるという。
稲穂渡しの儀

稲穂渡しの儀

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