ホームページお知らせお便りコーナー徒然日記俳句・海の風景ホームページ奮闘記作者のプロフィールリンク
 

Wa☆Daフォトギャラリー

 旅紀行日本の裸祭り

2014年7月9日改訂

ログイン時刻

 

 

 

今 日

昨 日

篠笛〜山伏/邦楽鼓囃子

パノラマ写真(2400X1260)733KB
越中の初夏は黒褌男粋  北舟

2014年6月11日制作

Early summer of Ettyu,
cool men wearing black fundoshi loincloth.

和田グループのラインナップ!/平和通り歩行者天国(富山県富山市)

和田グループのラインナップ!/平和通り歩行者天国(富山県富山市)

 
山桜紋   第11回とやま山王市   山桜紋

黒褌御輿'14

撮影・制作 和田義男

力者褌

  黒褌御輿くろふんみこし

富山県富山市 日枝神社 毎年6月1日 とやま山王市

 この作品は、平成25年(2013)6月1日(土)と平成26年(2014)6月1日(日)、一泊二日の日程で、富山県富山市に鎮座する日枝神社の春季例大祭である山王祭に併せて開催された第11回・第12回とやま山王市の男御輿を密着取材したものです。この祭では、御輿の担ぎ手を力者(りきしゃ)と呼び男御輿は全員黒い褌を締めていることから黒褌御輿(くろふんみこし)と名付けました。山王被り・黒法被・黒褌・黒地下足袋の衣装は、とても凛々しく、全国に例のない黒装束の御輿です。
 11年前に町興しの一環として始まった御輿巡行は、当初、黒褌一丁の裸形(らぎょう)で担いでいたことから裸御輿と呼ばれていました。参加者も多く、最盛期には100人を超え、二台の大御輿で町内を巡行していたといいます。
 
  
 ところが、裸御輿に偏見を持つ現職の森雅志富山市長が力者に法被を着させたために、法被を羽織るなら止めるという参加者が続出して年々減り続け、11回目の平成25年は26人になってしまいました。しかし地元有志は富山の活性化のために、懸命に御輿渡御を続けています。その姿に感動した筆者は、 二年目に全国連和田グループ第一期16人の代表として加勢し 、筆者も黒褌を締めて取材しました。

スライドショーDVD写真集「 黒褌御輿」(2014)

スライドショーDVD写真集「黒褌御輿」(2014)
 
▲ スライドショーCD写真集「黒褌御輿」5秒ごとにあらわれる画像は375枚で上映時間32分の感動長編です。
1,230万画素の原画も同梱していますので最大A3サイズのプリントが可能です。個人で楽しむ限り、自由に利用して頂いて構いません。           (1枚2000円 リピーター価格:1枚1500円)  日本の祭りCD・DVD写真集
  
サンプル YouTube 黒褌御輿(抜粋縮小版/2014)
↓画像をクリックするとスライドショー動画が始まります。

はじめに

 
▼ 2014年6月1日(日)、30℃を超える快晴の富山市中心街で第12回とやま山王市が開催され、東京、神奈川、愛知大阪など日本全国から馳せ参じた和田グループ第一期16人(現地参加者2人)が山王被り・黒法被・黒褌・黒地下足袋の凛々しい黒装束で総勢40人の男御輿に加勢し、富山市中心街を颯爽と渡御した。
                                                     
とやま山王市公式サイト
 
 11年前、富山県最大となる裸御輿が発足し、最盛期には100人を超える黒褌一丁の力者たちが二基の御輿を担いでいたが、現職の富山市長の横やりで法被を着るようになってから参加者が激減し、昨年は26人になってしまった。このままでは御輿が揚がらなくなる恐れがあることから、筆者は今年、初めて黒褌御輿全国連和田グループ第一期を立ち上げて加勢した。  
 この作品はこれ迄のいきさつと現状を紹介し最後に とやま山王市男御輿の光と影 と題して裸御輿復活を目指して立ち上がった筆者の熱い思いを書き綴った随筆を掲載した。  

 

【凡例】  ▲:上の画像の説明文  ▼:下の画像の説明文  〈画像の左クリック〉:別窓に拡大写真を表示

「とやま山王市/男御輿」公式サイト http://sannoichi.jp/otoko/

「とやま山王市/男御輿」公式サイト http://sannoichi.jp/otoko/

拡大写真(1042X378)113KB

   今から11年前に祭を主催する「とやま山王市運営委員会」が発足した頃は、黒褌(くろふん)一丁の裸神輿として最盛期には100人を超える力者(りきしゃ)たちが二基の御輿を担ぎ上げ「100年続く裸祭」をめざし、富山県最大の御輿として意気揚々と市内を巡回していた。  

富山市の位置

富山市の位置

資料:Google Earth
   しかし順風満帆かに見えたこの裸祭はその後、現職の富山市長の「褌一丁は見苦しい」との偏見による横槍(よこやり)が入り、市長の意向に従わないと富山市の補助金がもらえなくなるという弱みから運営委員会は現在のように力者に法被(はっぴ)を着用させ、名称も「裸御輿」から「男御輿」に変更した。  

立山連山と麦の秋/「特急はくたか」車窓からの眺望 2014.06.01

立山連山と麦の秋/「特急はくたか」車窓からの眺望 2014.06.01

拡大写真(2000X1450)530KB
   ところが、このような経緯で変質を余儀なくされたことに落胆した多くの参加者たちが次々と去ってゆき、昨年は力者が26人にまで落ち込み、これ以上減ると御輿が担げないという事態になってしまった。  
   筆者は、昨年、運営委員会の担当者が「往年の裸御輿の盛況を取り戻したい」と熱く語る心意気にパルピテーション(ときめき)を感じ、この先細りの現状を打破し、往年の裸御輿を復活させて、去っていった人たちに復帰してもらうべく立ち上がり、取材2年目の今年、Wa☆Daフォトギャラリーに 黒褌御輿のご案内 を掲載し、全国各地からボランティア(自費応援者)を募った。  
田植えが終わったばかりの富山平野と立山連山

田植えが終わったばかりの富山平野と立山連山

拡大写真(2000X1300)454KB

   その結果、東京、神奈川、愛知、大阪など全国各地から心強い賛同者が多数現れ、現地参加者を含めて16名による全国連和田グループ第一期(代表:和田義男 世話役:長谷川昇司)を編成することができた。この作品では、和田グループの活動を中心に日本古来の裸褌文化が息づく粋な黒褌御輿の魅力をタップリと紹介したい。  

富山市中心部

富山市中心部

資料:Google Earth
   本作品における解説は最小限に止めているので、詳しい解説は、昨年発表した 黒褌御輿 をご覧頂きたい。なお、黒褌御輿は男御輿の別称で、昨年の取材時に運営委員会担当者の賛同を得て私が勝手に呼称するものである。  
富山市役所前を南下する和田グループ一行 2014.06.01 11:48

富山市役所前を南下する和田グループ一行 2014.06.01 11:48

拡大写真(2400X1800)1.11MB

  ▲ 当初の予定通り、富山駅南口の改札を出たところで合流した和田グループ約10人は、土地勘を養うために徒歩で歩行者天国の会場に向かった。  
北が横向いてる変な市内地図/富山市役所前

北が横向いてる変な市内地図/富山市役所前

拡大写真(2400X2400)1.12MB

  ▲ 富山市役所前に立てられた案内板を見ると北が左(西)に向いている不思議な地図に気付いた外国から来る観光客が多い国際観光都市では、北が上という万国共通のルールがあるこれにあえて従わない地図を県庁所在地で見たのは初めてだ。私でさえまごつくこの地図は、どういう意図があるのだろうか。  
美しく光り輝く富山城天守閣 11:54

美しく光り輝く富山城天守閣 11:54

拡大写真(2400X1700)634KB

立山伏流水で満たされる富山城のお濠 11:59

立山伏流水で満たされる富山城のお濠 11:59

拡大写真(2400X1800)845KB

祭会場マップ

祭会場マップ

資料:Google Earth
本部テントでエントリーする和田グループ参加者たち 12:15

本部テントでエントリーする和田グループ参加者たち 12:15

拡大写真(2400X1800)788KB

エントリーのあと黒装束一式を受け取る 12:16

エントリーのあと黒装束一式を受け取る 12:16

  ▲▼ 和田グループ一行は、本部テントでエントリーを済ませ、祭装束一式をもらってから更衣室の地場もん屋三階会議室に行き、古参者らといっしょに裸になって祭衣装に着替た。私も彼らに混じって一人で黒褌を締めた。  
黒褌くろふん

を締める和田グループ参加者たち/地場もん屋三階更衣室 12:32

黒褌を締める和田グループ参加者たち/地場もん屋三階更衣室 12:32

拡大写真(2000X1500)461KB
  ▲▼ 褌の長さは3m、幅36cmで、これを前袋式六尺褌として締める。和田グループは、全幅のまま締めるのを原則としているが、半幅でも良しとしている。人によって褌の長さが変わるので、ハサミやカッターを使って布の先端を切り取り、自分の体格にあわせて調整する。私は、30cmほど切断した。  
一人で身支度を整える古参者たち

一人で身支度を整える古参者たち

拡大写真(2000X1750)471KB

  ▼ 褌を幾重にも巻き締めると紐のようになって見苦しいので、私は江戸時代と同様に立褌(たてみつ)は二重にするだけで一度も巻き締めない。余った布の両端は横褌(よこみつ)に巻きこむが私は数回巻いた程度で先端を横褌の中に納めて両端が見えないようにしている。普段は面倒なので端を出したままにするが祭のときは褌を見栄え良く整えるためにそうしている。  

初めて黒褌を締めた和田グループ代表 12:48

初めて黒褌を締めた和田グループ代表 12:48

撮影:中田清志
  ▼ 当初の裸神輿が男御輿となって法被を着用するようになったが、貸与された法被の丈が長く、そのままだと臀部が隠れて格好良いTバックが見えなくなるので、裾を内側に折り曲げて褌が見えるように調整する褌(締め込み)水法被の博多山笠スタイルである。博多では丈の短い水法被を前で結ぶので、褌が丸見えとなる。黒褌御輿では帯で上衣を止める。裾を折り曲げたまま帯で止めるだけでは、直ぐに乱れて垂れてくるので、ホッチキスで留めている人が何人もいた。  
   私は、internet 通販のアマゾンで黒い布テープを買ってきたので、和田グループは、全員、布テープで裾上げした。我々以外にも貸して欲しいという人がいたので喜んで使ってもらった。和田グループが法被を返納するときは全員テープを剥がし、綺麗に畳んで返納した。  
褌が隠れないよう黒いの布テープで法被の裾上げをする

褌が隠れないよう黒いの布テープで法被の裾上げをする

  ▲ ちなみに、長年、力者頭を務めておられる高柳章雄さんにどうしているのかお聞きしたところ、彼は、毎回、面倒なので、自費で法被を購入し、糸で縫って裾上げをしているという。  

和田グループ第一期の記念撮影/地場もん屋三階更衣室前通路 13:08

和田グループ第一期の記念撮影/地場もん屋三階更衣室前通路 13:08

拡大写真(2000X1700)410KB 撮影:中田清志
  ▲▼ 日本人が発明した褌は、江戸時代には、高温多湿の気候風土を乗り切るのに最適な下着として定着し、また、屋内外での夏の労働着ともなった。今回、このスタイルで4時間半、都心を歩き回って撮影したが、前袋式六尺褌は、越中褌と違って全く緩むことがなく快適だった。これからも裸祭の取材には、参加者と同じ祭装束に身を包み、祭のロマンと感動をともに体感しながら取材したい。(笑)  
更衣を済ませ本部テント前に向かう和田グループ一行 13:12

更衣を済ませ本部テント前に向かう和田グループ一行 13:12

本部テント前にて和田グループの記念撮影 13:17

本部テント前にて和田グループの記念撮影 13:17

パノラマ写真(3000X2000)1.31MB 撮影:中田清志

男御輿の前で和田グループの記念撮影/平和通り歩行者天国 13:26

男御輿の前で和田グループの記念撮影/平和通り歩行者天国 13:26

パノラマ写真(2400X1260)733KB 撮影:中田清志
  越中の初夏は黒褌男粋  北舟 

えっちゅうの しょかはくろふん おとこいき

Early summer of Ettyu, cool men wearing black fundoshi loincloth.

腕を組んで颯爽と!【壱】/平和通り歩行者天国 13:27

腕を組んで颯爽と!【壱】/平和通り歩行者天国 13:27

パノラマ写真(2400X1260)733KB 撮影:中田清志
  ▲▼ 今回、和田グループには、今年の正月に行われた鐵砲洲寒中水浴で初めて越中褌を締め、今回、初めて六尺褌を手にした初心者がいたので、世話役の長谷川さんに褌を締めてもらった。記念写真を御覧頂ければ分かるように、日本人男性には、褌が良く似合う。初めて褌を締めた人がどなたか分からないほど、板についている。日本人のDNAは、凄いものだとつくづく思った。  

腕を組んで颯爽と!【弐】 13:27

腕を組んで颯爽と!【弐】 13:27

パノラマ写真(2400X1800)1.14MB 撮影:中田清志

和田グループ・和田義男代表と長谷川昇司世話役 13:29

和田グループ・和田義男代表と長谷川昇司世話役 13:29

拡大写真(2400X1800)974KB 撮影:中田清志
Wa☆Daフォトギャラリー

今 日

 和田フォトギャラリー

昨 日

 Copyright (C) 2000-2014 Yoshio Wada. All Rights Reserved. 

ホームページお知らせお便りコーナー徒然日記俳句・海の風景ホームページ奮闘記作者のプロフィールリンク