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 旅紀行日本の裸祭り

2014年7月10日改訂

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巡礼

旅と写真は元気の泉

感動の裸祭CD完成!

拡大写真(1600X1050)317KB

追儺豆笑顔振り撒く心男  北舟

2008年2月15日制作

豆を撒く心男・中山智史さん(32歳)

豆を撒く心男・中山智史さん(32歳)(宝光院/岐阜県大垣市)

 

宝光院はだか祭

豆打式

宝光院はだか祭

岐阜県大垣市 天台宗仏道山宝光院 毎年2月3日節分 撮影: 和田義男


 平成20年(2008)2月3日(日)節分の日岐阜県大垣市(おおがきし)の「ひだりめ不動」で知られる天台宗仏道山宝光院(ほうこういん)(鈴木孝敬住職 TEL:0584-91-8326)において「節分会(せつぶんえ)はだか祭」が開催されたので、激写してきました。

★☆★彡

川を渡るはだか祭

 宝光院では毎年2月3日の節分の日に厄除開運(やくよけ・かいうん)の節分会(せつぶんえ)が開かれますがそれに合わせて終戦後(約70年前)に復活した「ひだりめ不動節分会はだか祭」が催行されます。「宝光院裸祭」と書かれた六尺褌を締めた男たちが一団となって杭瀬川に入って身を清め、厄除開運を祈願するこの伝統行事は、宝光院が主催していますが、実際の運営は檀家の役員やボランティアたちが行っています。
 この日は大般若祈祷(だいはんにゃ・きとう)が終日行われるほか、何回かに分けて籤(くじ)の入った豆袋を撒(ま)く豆打式(まめうちしき)があり、それに並行して裸練り、みそぎ川渡り、心男遷座(しんおとこせんざ)、福俵(ふくだわら)授与など、午後3時頃まで盛りだくさんの行事があり、春の到来を告げる風物詩として多くの信者や観衆で賑わいます。

 
スライドショーCD写真集「宝光院はだか祭」

スライドショーCD写真集「宝光院はだか祭」
  ▲ このたび川を渡る「宝光院はだか祭」の感動を多くの方々に味わっていただき、蔵書版として永久保存していただくため、ホームページにはアップしていない100枚余りの新たな画像を追加したスライドショーCD写真集を作成しました。
 このCDをMS-Windows対応パソコンのディスク・ドライブに挿入するとBGMが流れるなか、解説文を含む272枚の画像が5秒毎にディスプレー一杯に映し出されるスライドショーを楽しむことができます。画面にはコントローラーが内蔵されていますので、好きなところで止まったり、スキップしたりして、自由に楽しむことができます。ホームページ からは入手できない原画も同梱していますので、最大A3サイズまでプリントすることも可能です。個人で楽しむ限りは、自由にプリントアウトして構いません。
 画像272枚、上映時間 24分。(1枚2000円 リピーター価格:1枚1500円)  日本の祭りCD・DVD写真集
  
YouTube 宝光院はだか祭
(抜粋縮小版)
↓画像をクリックするとスライドショー動画が始まります。

 

はじめに

 平成20年(2008)2月3日(日)節分の日、東京は大雪に見舞われたが、岐阜県大垣市(おおがきし)に鎮座する天台宗仏道山宝光院(ほうこういん)(鈴木孝敬住職 TEL:0584-91-8326)において「節分会(せつぶんえ)はだか祭」が開催されたので、日帰りで激写してきた。
大垣市北方に聳える

能郷白山のうごうはくさん

(1,617m)

大垣市北方に聳える能郷白山(1,617m)

拡大写真(1600X1000)132KB

 

能郷白山のうごうはくさん

 JR東海道線・大垣駅に着く直前、特別快速の右窓に白い山が姿を見せた。後で地図で調べると、大垣市の北方約45kmに聳える能郷白山(のうごうはくさん)(1,617m)だった。白山という名が付くだけあって白い雪山で、牛が伏せているように見える。
 岐阜県と福井県との県境にあり、太平洋と日本海の分水嶺となっている。山頂からは、伊吹山、加賀白山、恵那山、北アルプスの山々などがよく見えるので、人気のある山だという。

JR大垣駅

JR大垣駅

 
岐阜県

大垣市おおがきし

 大垣市は、岐阜県濃尾平野(のうびへいや)北西部にあり、日本列島の「ど真ん中」にある都市として有名。県庁所在地の岐阜市に次いで県内第2位の人口約16万人を擁する。合併の不調で、日本で唯一市域が二重飛び地となっている。
大垣市の西方に聳える

伊吹山いぶきやま

(1,377m)

大垣市の西方に聳える伊吹山(1,377m)

写真:フリー百科事典/ウィキペディア(Wikipedia)
 

伊吹いぶき

おろし
 大垣市の西方約20kmに古くから霊峰として崇められている伊吹山(いぶきやま / いぶきさん)(1,377m)がある。濃尾平野から渥美半島にかけて、冬季に北西・伊吹山の方角から吹く季節風が強く、「伊吹おろし」といわれている。この日は、関東や関西に降雪があったものの、曇時々小雨で、伊吹おろしも大したことはなかった。

JR大垣駅前の臨時バス乗り場

JR大垣駅前の臨時バス乗り場

   東京駅0733発「のぞみ61号」に乗り、JR大垣駅に1000頃到着。駅前から「はだか祭」のときだけ運行される臨時バスがあったので、1020発の便に乗り、運転手が道を間違えるハプニングがあったものの、20分ほどで終点・野口に着いた。宝光院はバス停の左前方、歩いて2〜3分のところにある。

宝光院入口に掲示された「節分会はだか祭」の行事内容

宝光院入口に掲示された「節分会はだか祭」の行事内容

 

宝光院ほうこういん

 釈迦牟尼如来(しゃかむににょらい)を本尊とする宝光院(鈴木孝敬住職)は天台宗のお寺で、山号は仏道山(ぶつどうざん)。平安時代に伝教大師(でんぎょうだいし)最澄(さいちょう)が東国布教の際、延暦9年(790)に伽藍(がらん)を創建した古刹(こさつ)である。
午前11時の

豆打式まめうちしき

午前11時の豆打式

   戦国時代に織田信長の兵火で全焼したが、豊臣秀吉の保護を受けて存続し、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは、徳川家康に白桃を献上したことから「桃寺」の称号を賜り、代々徳川将軍家の庇護を受けて繁栄した。境内が御朱印地のため、罪人が逃げ込み、大名奉行のご用を免れたことから「かけこみ寺」の異名を持つ。
午後3時に投下される

福俵ふくだわら

午後3時に投下される福俵

拡大写真(1400X1050)228KB

 

青の洞門

あおのどうもん
 大正8年(1919)菊池寛が発表した小説「恩讐の彼方」で、享保年間(1716-1736)に登場する大悪人・市九郎が改心し、この宝光院で出家して禅海(ぜんかい)となり、九州に赴き、青の洞門を穿った話は有名だが、フィクションではなく、史実であるという。青の洞門では、今でも当時の鑿(のみ)や金槌が保存されている。

平成11年に落成した宝光院の新本堂

平成11年に落成した宝光院の新本堂

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ひだりめ

不動明王ふどうみょうおう

 宝光院には十二支の守り本尊があり、中でも左目が見えない隻眼の不動尊「ひだりめ不動明王」が有名で、霊感あらたかな福の盟主とされる奇瑞仏(きずいぶつ)として知られており、商売繁盛、家内安全を叶えてくれるという。
本堂

外陣げじん

本堂外陣

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   不動明王は、仏教の信仰対象であり、密教特有の尊格である明王の一つ。密教の根本尊である大日如来の化身、或いはその内証(内心の決意)を表現したものであると見なされている。お不動さんの名で親しまれ、大日大聖不動明王(だいにちだいしょうふどうみょうおう)、無動明王、無動尊、不動尊などとも呼ばれる。アジアの仏教圏の中でも特に日本において根強い信仰を得ており、造像例も多いという。

龍とひだりめ不動明王の天井画

龍とひだりめ不動明王の天井画

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ひだりめ不動

節分会せつぶんえ

はだか祭
 宝光院では、毎年2月3日の節分の日に厄除開運(やくよけ・かいうん)の節分会(せつぶんえ)が開かれるが、それに合わせて終戦後(約70年前)に復活した「ひだりめ不動節分会はだか祭」が催行される「宝光院裸祭」と書かれた六尺褌を締めた男たちが一団となって杭瀬川に入って身を清め、厄除開運を祈願する この伝統行事は、宝光院が主催しているが、実際の運営は檀家の役員やボランティアたちが行っている。
 この日は大般若祈祷(だいはんにゃ・きとう)が終日行われたほか、何回かに分けて籤(くじ)の入った豆袋を撒(ま)く豆打式(まめうちしき)があり、それに並行して裸練り、みそぎ川(がわ)渡り、心男遷座しんおとこせんざ)、福俵(ふくだわら)授与など、午後3時頃まで盛りだくさんの行事があり、多くの信者や観衆で賑わった。
内陣での

大般若祈祷だいはんにゃきとう

内陣での大般若祈祷

   本堂・内陣では、朝から大勢の参拝者たちが押しかけ、大般若祈祷が行われた。信者らは、一人一人名を呼ばれて鈴木住職が扇のように繰る経典の前で頭を下げて加持祈祷を受けた。

一人づつ加持祈祷して廻る住職

一人づつ加持祈祷して廻る住職

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   今回、2008年1月13日(日)東京都中央区に鎮座する鐵砲洲稲荷神社で開かれた第53回寒中水浴大会で知り合った群馬県在住の公務員・新尺俊勝(しんじゃく・としかつ)さん(47歳)とJR大垣駅前で合流して行動を共にし、密着取材することができた。
お寺の一角にある

裸男詰所はだかおとこつめしょ

お寺の一角にある裸男詰所

 

裸男詰所はだかおとこつめしょ

 新尺さんの案内で境内を下見したあと、宝光院の一角にある宿(やど)と呼ばれる裸男詰所に行った。はだか祭りには外来者も参加でき、そこで記帳して申し込むと、無料で褌と鉢巻に福袋が添えられたセットが手渡される。また、午後1時半からの本番に備えて、宝光院入口右手の寺務所で昼食が支給される。

裸男詰所で記帳する新尺さん

裸男詰所で記帳する新尺さん

 

宝光院裸祭褌ほうこういんはだかまつりふんどし

 宝光院の褌は、「下おび」と表示されているが、関係者は「ふんどし」と呼んでおり、白の晒木綿半反(約5m)で、前垂れ部分に「宝光院裸祭」と黒染めされている。洗濯して再使用するので、終わったあと返納しなければならない。鉢巻(手拭い)は赤の三つ葉葵の寺紋が染められており、こちらは持ち帰ることができる。

参加者に無料配付された褌・鉢巻・福袋

参加者に無料配付された褌・鉢巻・福袋

 

福 袋ふくぶくろ

 「ひだりめ不動 史蹟 宝光院 美濃国大垣野口」と書かれた厄除開運(やくよけ・かいうん)福袋の中には、12粒の大豆と厄除開運御守、赤い布きれと365円の種銭(たねせん)が入っている。

福袋の中味

福袋の中味

   鈴木住職にお聞きすると、節分の大豆は一年12月(つき)にあわせた数であり、種銭は一日1円として一年365日にあわせた縁起物。赤い布きれは不動明王が左手に持つ絹索(けんじゃく)(衆生(しゅじょう)(一般大衆)を仏教に帰依(きえ)させるために引き寄せる縄)をあらわしたもの。赤は不動明王が背負う炎の色であるという

混雑してきた受付け

混雑してきた受付け

 

豆打式まめうちしき

 午前11時の豆打式は豆袋を手渡すやり方だったが、正午の豆内式は、今年の心男(しんおとこ)中山智史さん(32歳)が登場し、終始笑顔を振りまきながら茶色の紙袋に入った籤(くじ)入り福豆を大勢の観客にばらまいた。
正午の 豆打式まめうちしき

正午の豆打式

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 追儺豆笑顔振り撒く心男  北舟 

ついなまめ えがおふりまく しんおとこ

豆を撒く 心男しんおとこ

中山智史なかやまさとし

さん(32歳)

豆を撒く心男・中山智史さん(32歳)

拡大写真(1600X1050)317KB

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