ホームページお知らせお便りコーナー俳句・海の風景ホームページ奮闘記作者のプロフィール
Wa☆Daフォトギャラリー  Wa☆Daフォトギャラリー  

2006年11月22日改訂

今 日

昨 日

♪二胡/月夜

拡大写真(2200x1650)503KB 

 輿丁らの白褌浸る川神輿   北 舟

2000年7月31日開設

桂川を渡る裸神輿

桂川を渡る裸神輿(若宮八幡裸祭り/大分県豊後高田市)

2006年の日記  

 

11
 

10月

11月

12月

目次


2006年10月20日(月)雨
■■■     「霧の桂林紀行」速報! ■■■
 2006年11月16日(木)から3泊4日の日程で家内と共にクラブツーリズムのツアーに参加し、山水画で有名な中国の桂林(けいりん Guilinに旅した。成田から広東省の省都・広州まで空路5時間(復路は4時間)、広州から桂林まで空路1時間。3日間連泊し、じっくりと桂林を堪能することができた。時差は-1時間なので、非常に楽な旅だった。

漓江(りこう)と桂林市

漓江(りこう)と桂林市

拡大写真(2560x800)515KB

 中国西南の広西荘族自治区(こうせいちわんぞくじちく)に位置する桂林は亜熱帯に属し、この時期も比較的暖かい。丁度乾期に入っていたが、幸か不幸か現地にとっては2ヵ月ぶりという恵みの雨に見舞われ、霧の桂林紀行となった。お陰で、漓江(りこう)下りでは山水画のような景観を堪能することができた。

竹排(ツーパイ)(竹の筏舟)と象鼻山

竹排(ツーパイ)(竹舟)と象鼻山

拡大写真(1600x1200)367KB

 霧時雨漓江に遊ぶ竹筏  北舟 

きりしぐれ りこうにあそぶ たけいかだ

 チワン族という少数民族の伝統文化が色濃く残る桂林では、竹を束ねたものという意味の竹排(ツーパイ)(竹筏)が今も使われている。竹を横に5〜10本並べただけの筏舟で、よくひっくり返らないものだと感心する。地元民は竹竿一本を器用に操り、足舟や漁労に使っている。

象鼻山の漁師

象鼻山の漁師

拡大写真(1600x2000)366KB

 桂林に一泊した後、メインイベントの漓江(りこう)下りを楽しんだ。乾期のため、水が少なく、あちこちで浅瀬が露出しているなか、観光船は川底が見える浅い水路を難なく進み、陽朔(ようさく)まで4時間ほどの船旅を堪能した。

漓江下りを楽しむ日本のツアー客たち

漓江下りを楽しむ日本のツアー客たち

拡大写真(1800x1060)226KB

 桂林から陽朔(ようさく)に至る漓江一帯は、石灰岩でできたカルスト大地のため、長い年月による浸食や隆起などによりタワーカルストと呼ばれる奇山や奇岩が形成され、漓江の清流と相まって山紫水明の景観となり、この地を訪れた墨客(ぼっかく)たちが描いた山水画により、全国に知られるようになった。

雨の桂林・漓江下り

雨の桂林・漓江下り

パノラマ写真(2000x1670)269KB

 桂林や久遠の漓江霧襖  北舟 

けいりんや くおんのりこう きりぶすま

船尾で記念撮影する日本のツアー客たち

船尾で記念撮影する日本のツアー客たち

拡大写真(1600x1200)249KB

 漓江船奇山竹舟五里霧中  北舟 

りこうぶね きざんたけぶね ごりむちゅう

 今回、霧に霞む山々はまさに一幅の水墨画を見ているようであり、桂林の最もポピューラーで美しい光景を堪能することができた。現地ガイドの陳さんは、夏の快晴の景色よりは趣があり、雨に煙る景観も捨てがたい味があると説明してくれた。

交通手段の竹排(ツーパイ)(竹の筏舟)と奇岩の山々

交通手段の竹排(ツーパイ)(竹舟)と奇岩の山々

パノラマ写真(2000x1300)283KB

 墨客の描きし奇峰霧の中  北舟 

ぼっかくの えがきしきほう きりのなか

奇山や針峰の林立

奇山や針峰の林立

パノラマ写真(2000x1000)172KB

 行く河の霧の彼方に我もまた  北舟 

ゆくかわの きりのかなたに われもまた

 三日目は、桂林市内の観光と観光船で四つの湖を巡行するナイト・クルージングを堪能。ライトアップがとても美しく、筆舌に尽くしがたいほど。三脚も持参していたので、極めて綺麗な夜景を撮影することができた。
 金銀双塔は、杉湖(すぎこ)の東南に位置するツインタワーで、銅塔(手前)と瑠璃塔(奥)に分かれており、日月双塔とも呼ばれる。銅塔は9層41mの高さで、世界一のタイトルを持つ。瑠璃塔は杉湖の島の上に建ち、7層35mのタワーで、水面下の水族館を介して銅塔と通じている。

金銀双塔の夜景

金銀双塔の夜景

拡大写真(1600x1300)288KB

 金銀の湖に双閣桂花  北舟 

きんぎんの うみにそうかく かつらばな

 観光船が途中で止まると、その前で竹排(ツーパイ)に乗った鵜匠が鵜を操って鵜飼を披露してくれた。日本とは違って、鵜にはロープがついておらず、魚を捕らえると舟に戻ってくるように訓練されている。素晴らしいアトラクションだった。

竹排(ツーパイ)(竹舟)の鵜飼

竹排(ツーパイ)(竹舟)の鵜飼

拡大写真(1800x1300)277KB

 鵜飼火や湖に棹さす竹筏  北舟 

うかいびや うみにさおさす たけいかだ

 雨にたたられたが、それなりの風情があり、これから編集して、二胡(にこ)の美しい調べをバックに「霧の桂林紀行」と題して発表したい。

2006年11月15日(水)晴
■■■     日本の裸祭り第30集「若宮八幡裸祭り」完成! ■■■
 昨日、旅紀行日本の裸祭り第30集(実質第50集)「若宮八幡裸祭り」をアップした。この作品は、去る11月3日(金)から3日間、大分県豊後高田市で催行された若宮八幡神社裸祭りの様子を激写したもので、速報版を発表後、直ちに完成版の編集に着手し、最短で8頁80枚の感動巨編を仕上げることが出来た。

 900余年の伝統あるこの祭りは、大たいまつの紅蓮の炎と太鼓演奏の下で、褌をきりりと締め込んだ輿丁(よちょう)たちが神輿を担いで桂川を渡り、本宮と下宮の間を渡御・還御する美しくも勇壮な夜祭りで、幻想的とも思える光景に、ロマンと感動を禁じ得ない。

光と影と水しぶき

光と影と水しぶき

拡大写真(1600x1200)308KB

 今年は晴天と薄暮の潮どきに恵まれ、大たいまつの紅蓮の炎と太鼓の演奏のもと、勇壮な川渡神輿が観衆を魅了した。予想を越える素晴らしい裸祭りで、衣装の乱れもなく、900余年にわたって何ら変質することなく子々孫々に引き継がれてきた伝統文化にすっかり感動してしまった。宮神輿一基と、規模こそ小粒だが、中身が素晴らしく、無形民俗文化財の指定を受ける資格は十分にある。これからも変質させることなく、伝統の裸文化を継承して頂きたい。

2006年11月6日(月)曇
■■■     「若宮八幡裸祭り」速報! ■■■
 2006年11月3日(金)朝5時起きして、羽田空港から空路大分空港に行き、出迎えて頂いた川組後援会の幹事長役を担う清原浩さんと合流し、豊後高田市自慢の伝統行事で、今年923回目となる「豊後高田市裸祭り保存会」主催による勇壮な「若宮八幡神社裸祭り」を取材した。

公民館で褌を締める川組の輿丁(よちょう)たち

公民館で褌を締める川組の輿丁(よちょう)たち

拡大写真(1600x1200)272KB

 正式には若宮八幡神社秋季大祭「裸祭り」ということであるが、地元では岡山・西大寺会陽の裸祭りと山口・防府天満宮の裸祭りと並ぶ日本三大裸祭りのひとつとしている。「その意気込みや良し!」と、並々ならぬ熱意を感じた私は、私のホームページにお便りを頂いて知り合った清原さんや川組後援会会長の三谷さんらの歓待を受け、1700枚、2400MBもの感動写真を切り取ってきた。

「くしっ子」のママさんに三本締め

くしっ子のママさんに三本締め

拡大写真(1400x1000)244KB

 特に清原さんには、終始同行して祭りのガイドと助手の二役を自ら買って頂いた。後援会のお抱えカメラマンという立場なので、後援会の草色ジャンパーを羽織って優先取材をさせて頂いた。そのお陰で、理想的な撮影位置から素晴らしい映像を沢山切り取ることができ、ほぼ完璧に当日の全てのシーンを収録することができた。

白装束に身を包んだ陸組の宮出し

白装束に身を包んだ陸組の宮出し

拡大写真(1600x1100)350KB

 この祭りのメイン・イベントは、桂川を渡る裸神輿である。そのため、潮の満ち引きに影響される桂川の水位に併せて、入川(いりかわ)の時刻が決められる。今年は午後1時ころ川組の輿丁(よちょう)をつとめる40歳以下の男性約90名が公民館に集合して狩衣(かりぎぬ)をまとい、褌を締めて衣装を整えたあと、午後2時頃、川組会長の挨拶と三本締めの出陣式を行った。その後、恒例により、褌姿の男たちが適宜市内の飲屋街を廻って、日頃お世話になっているママさんたちの祝酒を飲み、お礼の三本締めをして廻った。

清めの塩を神輿に投げていざ出陣!/ 市役所前

清めの塩を神輿に投げていざ出陣!

拡大写真(1600x1200)372KB

 一方、神社神輿の宮出しをつとめる白装束で身を固めた陸組(おかぐみ)たちは、午後3時半ころ若宮八幡神社本宮に集合。宮司のお祓いや御霊入れの神事のあと、午後4時過ぎ約1トンの宮神輿を担いで本宮を出発。桂川の会場に隣接する豊後高田市役所まで練り歩いて川組に引き継いだ。

町内を練り歩く夕暮れどき

町内を練り歩く夕暮れどき

拡大写真(1600x1200)348KB

 陸組から神輿を引き継いだ川組は、三本締めをしたあと、午後4時半ころ白紙に包んで鉢巻に挟んでいた清めの塩を神輿に投げて気合いを入れた後、神輿を担いで「ワッショイ、ワッショイ!」の掛け声をあげて桂川右岸(写真下手前)の商店街などを練り歩いた。写真上の外国人は、毎年参加する近くの高校教師という。

桂川の裸祭り会場

桂川の裸祭り会場

パノラマ写真(3000x1160)540KB

註:実際の川は直線

 一方、桂川の会場では、潮時(しおどき)を待つ大勢の観客が席を埋め、火矢により長さ16メートル、重さ5トンもある世界一の大松明(おおたいまつ)に火を入れるときを待った。やがて午後5時すぎ、宮神輿が桂川の会場に到着すると、市弓道連盟のメンバーが御玉橋の上から大松明の頭部に巻き付けられている点火用の稲藁(いなわら)めがけて火矢を射った。一矢外れる毎にドーンと大太鼓が打ち鳴らされ、ドッと笑いが上がる。

火矢を射る弓道連盟の達人たち / 何と空中を飛ぶ火矢を捉えていた!

火矢を射る弓道連盟の達人たち

拡大写真(1600x1065)223KB

 夕焼け空を背景に空中を飛ぶ火矢は幻想的ですらある。最初の3本はわざと外すという。直ぐに当たればあっけないからなのだろう。今年は風もあり、なかなか当たらず、やきもきしたが、午後5時15分ころ、やっと十本目くらいで稲藁に火矢が命中し、大松明が点火した。その瞬間、会場から大きな拍手と歓声がわき、待望の神輿渡御が始まった。なかなかの演出である。

大松明に火矢命中!

大松明に火矢命中!

拡大写真(1400x1050)172KB

  桂川火矢で始まる神輿渡御  北舟 

かつらがわ ひやではじまる みこしとぎょ

火矢で点火した大松明と大太鼓の演奏

火矢で点火した大松明と大太鼓の演奏

パノラマ写真(2200x1150)455KB

 特設ステージでは、松明の赤い炎のそばで地元・西叡(さいえい)太鼓の勇壮な大太鼓や小太鼓の演奏が披露された。

地元・西叡太鼓の迫力の演奏!

地元・西叡太鼓の迫力の演奏!

拡大写真(1400x1160)156KB

撮影:岡部憲明

 大松明の点火や大太鼓の演奏に気を取られていると、清原さんからお借りしたボデートーキーで神輿が入川(いりかわ)したと連絡を受けたので、下流に向かうと、既に神輿は川中まで進んでおり、午後5時27分、初めて川に入った神輿を捉えた。

入川(いりかわ)した裸神輿

桂川に入川した裸神輿

パノラマ写真(2000x1120)305KB

 平均水位は、お尻の位置にあり、立褌(たてみつ)が見える位置である。これ以上遅くなると、水位が増して上半身しか見えなくなり、裸神輿ではなくなる。裸祭り進行役の腕の見せ所である。
  篝火を縫ひて神輿の川渡る  北舟 

かがりびを ぬいてみこしの かわわたる

桂川を渡る神輿

桂川を渡る神輿

拡大写真(2200x1650)503KB

  輿丁らの白褌浸る川神輿  北舟 

よちょうらの びゃっこんひたる かわみこし

スポットライトを浴びる男の晴れ舞台

スポットライトを浴びる男の晴れ舞台

拡大写真(2200x1650)439KB

 川には篝火(かがりび)が設置されており、神輿はその間を縫って進む。適宜神輿を川床に置き、交代で担ぎ棒に立った若者の音頭で三本締めを披露して、神輿に水をかける。それを繰り返しながら徐々に特設ステージのそばに近づいてくる。

宮神輿に水を浴びせる褌衆

宮神輿に水を浴びせる褌衆

拡大写真(2200x1650)440KB

 特設ステージの直ぐ下流(向かって右)が神輿の晴れ舞台で、スポットライトに照らされた褌衆が観客の喚声を浴びながら何度も三本締めと水掛けが披露される。最大の見せ場である。

川中を出発する裸神輿

川中を出発する裸神輿

拡大写真(2200x1480)358KB

最後に輿丁たち全員が観衆に向かって横に並び、川組会長が挨拶をして三本で締めたあと、神輿は対岸に向かった。

日も暮れて対岸にたどり着いた神輿

日も暮れて対岸にたどり着いた神輿

パノラマ写真(1800x835)358KB

  松明の夜空を焦す川渡祭  北舟 

たいまつの よぞらをこがす かわとさい

 午後5時50分ころ、神輿は対岸に上陸し、待機していた陸組に引き継がれた。そのあと神輿は陸組の輿丁に担がれて宮町にある下宮に到着し、解散となった。

川組会長の三本締め!

川組会長の三本締め!

拡大写真(1050x1400)231KB

撮影:清原 浩

  秋祭川渡褌茶に染り   北舟 

あきまつり かわとふんどし ちゃにそまり

 川組は、神輿を陸組に引き継いだ後、御玉橋を渡り、市役所の1階入口で、草鞋(わらじ)切りをして草鞋を外し、1階フロアで褌を解いて着替えた後、炊き出しの豚汁に舌鼓を打って暖を取った後、午後6時10分ころ解散した。
 今年は例年にない暖かさで、物足りないという声があった。時には雪が降ることもあり、寒さの中で裸で川に入るのが男たちの見せ場なのだという。潮位によってはお開きが午後9時ころになることもあり、今年は非常に楽な条件で取材できた。
 私の取材は、3日だけだったが、なか1日おいた最終日の5日(日)は、午後6時すぎ松明に点火。お上りの神輿が再び逆順で川を渡り、本宮に還御(かんぎょ)して、3日間に渡る裸祭りが終わった。

川組後援会幹部と乾杯!

向かって右から清原浩さん、会長の三谷一俊さん、近藤靖彦さん、筆者、中山田武利さん。

川組後援会幹部と乾杯!

拡大写真(1400x800)210KB

 若宮八幡裸祭りは予想通りの素晴らしい裸祭りであり、衣装の乱れもなく、900余年にわたって何ら変質することなく子々孫々に引き継がれてきた伝統文化にすっかり感動してしまった。戦時中も中学生らが神輿を担いで伝統を守ってきたことを聞いたとき、頭が下がる思いだった。

★☆★彡

 全ての作業を終えたあと、川組後援会の幹部たち有志が行きつけの「恵比寿」で懇親会を開いてくれた。生ビールで乾杯して、渇いた喉を潤した後、大分特産で全国bPのむぎ焼酎「二階堂」のロックを傾けながら、地元の山海の珍味を満喫した。話は祭り談義、ふんどし談義など、途切れることなく続き、途中でこの店のご主人の西さんも加わり、気がつけば午前零時を過ぎていた。
 川組後援会は、5年ほど前に40歳を超える川組OBが現役を盛り立てようと発足したもので、現在、9人の会員を擁する。三谷会長を中心に、伝統の裸祭りを名実共に日本三大裸祭りの一つにしたいという夢は大きい。まだ緒に就いたばかりであるが、川組後援会のホームページなどを通じて全国に交流の輪を広げ、幅広い視点から進むべき方向を提言してゆきたいという。5年先、10年先にどれだけの稔りがあるか、誠に楽しみな集団である。 川組後援会ホームページ
 このたびの取材旅行で、地元の川組後援会の皆さんと交流がもてたことは大きな喜びであり、私の九州拠点にさせていただき、この素晴らしい関係を続けてゆきたい。私の作品を見て、読者の多くの方々が実際に現地に行かれて、この裸祭りのロマンと感動を肌で味わっていただければ幸いである。
 撮影した原画は全てDVDに焼いて、本日、清原さんに郵送した。ポスターや印刷物、ホームページなどに写真を掲載するときは「撮影:和田義男」とキャプションを入れてもらえば、あとは自由に活用して頂くことにしている。
 本件は、世界一の大松明の作成・据付や、川組幹部の川中禊などの事前準備を含む全ての行事を撮影した写真を川組後援会から提供いただき、後日「若宮八幡裸祭り」として完成版を作成し、勇壮な裸の野外劇を存分に紹介したい。〈 完 〉

 

10月

11月

12月

目次

  フォトギャラリーへ 特集!旅紀行目次へ 世界の名城 感動写真集目次へ  
旅紀行ジャパン目次へ   多摩川紀行
旅紀行日本の祭り 旅紀行日本の裸祭り 旅紀行日本の花目次へ
Wa☆Daフォトギャラリー

今 日

 和田フォトギャラリー

昨 日

 Copyright (C) 2000-2006 Yoshio Wada. All Rights Reserved. 
ホームページお知らせお便りコーナー俳句・海の風景ホームページ奮闘記作者のプロフィール