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 旅紀行日本の祭り

2004年5月1日改訂

桜川 : 水の宮

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2004年4月30日制作

静の舞(鶴岡八幡宮/神奈川県鎌倉市)

静の舞(鶴岡八幡宮/神奈川県鎌倉市)

隠れ銀杏かくれいちょう

 本殿にのぼる大石段の西(左)に樹齢1000年を越える見事な大銀杏(おおいちょう)がある。承久元年(1186)、頼朝の孫・公暁(くぎょう)が3代将軍実朝(さねとも)をこの木に隠れて待ち伏せし、 斬殺したことで知られ、隠れ銀杏と呼ばれている。 この銀杏は芽吹きが遅いようで、ちょうど木の芽時を迎えていた。

  石段を上って本宮(上宮)の前に立つと、舞殿の向こうに三の鳥居や二の鳥居が見え、若宮大路が相模湾に向かって延びているのが見える。石段では、静の舞(しずかのまい)を一目見ようと、大勢の観客が席をとっていた。

舞殿と大銀杏

舞殿と大銀杏

拡大写真(1600x1200)323KB 【E-1 32mm  F8.0 1/250秒 ISO200】

静の舞しずかのまい

   午後3時から鶴岡八幡宮・舞殿(まいでん)で、鎌倉まつり初日のフィナーレとなる静の舞が鎌倉観光協会より奉納された。今年の演者は、藤間流の藤間寿美霞(ふじますみか)さんで、当時の衣装を忠実に再現した装束で現れ、艶やかで美しい舞を披露し、観客を魅了した。  

静の舞1

拡大写真(1200x900)142KB 【E-1 100mm  F4.5 1/250秒 ISO200】

 緋袴の静の舞や春の色  北舟 

静の舞しずかのまい

のいわれ
 鶴岡八幡宮には、源頼朝の命により、大石段の東(右)にある若宮(下宮)の回廊で、静御前(しずかごぜん)が舞を舞ったという有名なエピソードがある。
 文治元年(1185)11月、兄頼朝と決裂した義経は、白拍子(しらびょうし)の静御前らとともに京都から逃れたが、雪の吉野の山中で静と別れた。静はそこで捕まり、翌年3月に鎌倉に護送された。

静の舞2

拡大写真(1200x1100)238KB 【E-1 176mm  F4.0 1/400秒 ISO200】

 そして同年4月8日、頼朝に無理強いされて鶴岡八幡宮の若宮の回廊で舞を舞った。その舞が 、
               「よし野山みねのしら雪ふみ分ていりにし人のあとぞ恋ひしき」
という義経を慕うものであったために、頼朝の逆鱗に触れた。
 その場は頼朝の妻・政子のとりなしで事なきをえたが、静が閏7月29日に義経の男子を出産すると、その子は頼朝の命令で由比ヶ浜で死を与えられた。静は傷心のまま京に上ったのち、行方知らずとなった。 一説には殺されたともいわれる。

静の舞3

拡大写真(1200x900)176KB 【E-1 364mm  F4.0 1/250秒 ISO200】

白拍子しらびょうし

 白拍子は、平安時代末期から室町時代にかけて行われた宴席用の歌舞の一つ で、また、それを職業とする女性をいう。遊女が多かったことから、一時期遊女の代表的別称となった。
静の舞4   静の舞5

拡大写真(1000x1200)197KB 【E-1 158mm  F4.0 1/320秒 ISO200】

拡大写真(1000x1200)224KB 【E-1 138mm  F4.0 1/320秒 ISO200】

 花の香や神前に舞ふ白拍子  北舟 
静の舞6 静の舞7

拡大写真(1000x1200)216KB 【E-1 158mm  F3.5 1/320秒 ISO200】

拡大写真(1000x1200)217KB 【E-1 134mm  F4.0 1/320秒 ISO200】

白拍子の起源しらびょうしのきげん

 白拍子の起源については、「平家物語」巻一の梢王の章は、鳥羽院(1129‐1156)のとき、島の千歳、和歌の前の2人が舞ったのが始まりとし、 「徒然草」第225段では、藤原通憲(みちのり)(信西入道 しんぜいにゅうどう)が、磯の禅師(静御前の母)に舞わせたのを最初としている。

静の舞8

拡大写真(1600x1200)219KB 【E-1 152mm  F4.0 1/400秒 ISO200】

白拍子の出立しらびょうしのいでたち

 白拍子の出立は、扇をもち、水干(すいかん)に立烏帽子(たてえぼし)、白比巻(しろさやまき)の刀を差す男装であったとされる。 水干は、平安時代以降、下級官人や武家の用いた衣服で、襖(あお)*風の上着である。
*(あお)(わき)のあいた盤領(あげくび)(丸首の襟)の上着で、若年または武官の礼服。聖徳太子の着ていたような服。

静の舞9

拡大写真(1200x1000)174KB 【E-1 202mm  F4.0 1/320秒 ISO200】

 艶やかに舞ふ白拍子春の風  北舟 

静の舞10

拡大写真(1600x1200)225KB 【E-1 152mm  F4.0 1/320秒 ISO200】

源平池げんぺいいけ

 静の舞の余韻に浸りながら源平池を巡った。この池は正面の太鼓橋から左右に広がる池で、 頼朝の勝利を祈って、妻の政子が造らせたといわれる。かつて政子が東の池に源氏の白旗を表す白蓮を、西の池に平家の 赤旗を表す紅蓮を植えたのでこの名がついたという。
  このため、東(右)の池が源氏池、西(左)の池が平家池と呼ばれる。丁度、桜が散り終わり、葉桜を迎えた時期で、 源氏池の水面はピンクの桜の花びらで覆い尽くされていた。 初夏には、美しい蓮の花が見られるという。

拡大写真(1200x900)337KB 【E-1 28mm  F8.0 1/320秒 ISO200】

白鷺しらさぎ

の池
 源氏池は白鷺の天国である。冬場こそ暖かい南の地に移動するが、春から秋にかけて数百と思われる白鷺がこの池で暮らしている。 その特徴からチュウサギと思われ、桜の花びらが浮かぶ池に優雅な姿を見せていた。
 

チュウサギ(中鷺)

 
   コウノトリ目サギ科の鳥。日本に生息する3種のシラサギ類の一つ。全長約68cm。ダイサギとコサギの中間の大きさで、そのためチュウサギと呼ばれる。ただし、大きさはコサギの方に近く、この2種は見まちがいやすいが、チュウサギは足指が黒いことで容易に識別できる (コサギは緑黄色)。  
 また、繁殖期のコサギは後頭に数本の長い冠羽があるが、チュウサギにはない。冬期にはフィリピンやマレー諸島に渡るが、少数は南日本でも越冬している。
 チュウサギの背の飾羽はシラサギ類の中でも一番立派で、そのためこの鳥は一時乱獲されたが、今日では羽毛の採集のため野鳥を捕獲することは禁止されている。

白鷺の池

拡大写真(1200x900)194KB 【E-1 566mm  F6.3 1/320秒 ISO200】

 白鷺の水面に浮ぶ桜花  北舟 
 丁度春の繁殖時期を迎え、番(つがい)の白鷺が葉桜の上に巣を作り、雛の誕生を待ちわびている光景を撮影することができた。 白鷺には桜が良く似合う。

葉桜の営巣

葉桜の営巣

拡大写真(1200x800)215KB 【E-1 566mm  F4.9 1/160秒 ISO200】

 白鷺や緑滴る春の池  北舟 

牡丹ぼたん

庭園
 源氏池の周りに牡丹庭園があり、艶やかな大輪の牡丹が咲き競うさまは圧巻である。この庭園は、鶴岡八幡宮の創建800年を記念して造られたもので、200品種2000本の牡丹が植えられている。
 先日、総合テレビで中継されていたので、かなり名が知られているようである。中でもピンクの牡丹は優雅で、静御前を想わせる逸品だと思った。

拡大写真(1200x900)135KB 【E-1 58mm  F4.0 1/100秒 ISO200】

神前結婚式

 鎌倉まつりの初日に、静が舞った若宮(下宮)で神前結婚式を終え、太鼓橋をバックに記念撮影している人々がいた。古式ゆかしい装束に身を包み、相合傘で人力車に乗った新郎新婦の晴れ姿があった。神前結婚式

神前結婚式

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